きたみち、ゆくみち――2018年冬

10月

フェリーニの『8 1/2』を見る。「芸術家の名に値する人間なら“沈黙への忠誠”を誓え」。どうやらイタリア映画がぼくは好きらしい。思い返せば、小説もまたイタリアのものに多く触れた一年であった。

 

8 1/2 [Blu-ray]

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インターネットでひろゆきや橋下元知事、東浩紀などの対談の動画を見る。高校生のときに政治経済を履修しなかったのが、現在の状況に少なからず影を落としているのではないか、という思うことがたまにある。

ライナスの毛布』『オワーズから始まった。』の合同読書会へ行く。『ライナス』について思うところがあったのだけれど、結局発言する時間はなかった。簡単に言うと、この歌集のはじめの連作は、漫画的な記号を消費したものとなっている。「ぽさ」の短歌である。漫画的なデータベースから、記号を借りてきている。これは芸術的な活動とは真逆ではないだろうか、ということである。芸術とは、創造、あるいは破壊をもって記号を新たに結びつける行為ではないかと思うのである。そういう連作を冒頭にもってくることで、以降すべての歌の〈私性〉がシュミラクル化するのではないか。それも処世のひとつだとは思うし、別に悪いこととも思わない。ただ、そのあたりを歌集を出しているような歌人はどう考えているかを知りたかった。

ドラマもよく見た。『木更津キャッツアイ』と『池袋ウエストゲートパーク』である。窪塚洋介もまた好きな俳優だ。『ピンポン』『リバースエッジ』『沈黙』……どれも異様な存在感を放っている。『池袋』のキング役も、やはりかなりよい。こういう飄々としたキャラクターに憧れる。

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神奈川の文学館で行われた寺山修司に関する幾原邦彦J.A.シーザー三浦雅士の対談に、木野誠太郎くんと行く。幾原氏の「寺山は学生運動という自己承認の装置を意識的にアートにした」という指摘はかなり鋭い。「寺山は宗教に近い」とも。『ウテナ』は『ベル薔薇』の二番煎じと思われないために、「本物になりたくて」シーザーの曲を使ったのだという。「本物」とはいったい何なのだろうか。

その他はひたすらアルバイトをしていた。

 

11月

コーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』はかなりよい小説である。「人間は覚えていたいものを忘れて忘れたいものを覚えているものなんだ」「人間たちが生きられないところでは神さまたちも生きられない」。何もかもが終わった世界で旅をする、というテーマが好きなのかもしれない。

 

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

 

 

『ブッシュ・オブ・ゴースツ』もよかった。かの『やし酒のみ』の姉妹編である。「わたしには、自分を殺そうとして背後から追っかけてくる『死』よりも、自分にとって興味のあるものを見ることのほうが、だいじなのだ

この月は精神ではなく、体調を崩していた。ふらふらになりながら投薬でなんとか体を動かしていた。

阿佐ヶ谷ロフトで行われた借金玉、小林銅蟲、にゃるらの鼎談に行った。ゲストは岩倉文也と実話ナックルズの編集である。詳しい内容を書くことは禁止されているけれど、かなり濃いオールナイトイベントであった。アングラである。岩倉氏の「人と関わると弱くなる、というのは逃げです」という一言はとてもよかった。

音楽では『ポップしなないで』をずっと聞いていた。


【MV】ポップしなないで「魔法使いのマキちゃん」

 

石井僚一短歌賞が発表された。「エモーショナルきりん大全」をどうぞよろしく。

稀風社にあこがれて短歌をはじめたので、そんな稀風社の新刊にのるのは、ほんとうにうれしい。

 

手をつなぐときに一瞬遅くなる歩みのように死んでゆきたい/三上春海『海岸幼稚園』

 

12月

葉ね文庫でサイファーをするらしいので参加した。

サイファーについて書いたことがなかったので、この場で書いておく。ぼくは鬱病になって、しばらく天井を見るだけの生活をおくっていた。何のはずみだったかは忘れてしまったが、同居人とサイファーをはじめた。はじめはうまく言葉がでてこなかったけれど、だんだん素直な言葉が出るようになってきた。サイファーは即興だ。考える時間が許されていないがゆえに、思っていたことがそのまま出てくる。これは、ぼくにとってはよい療法であった。9時間くらいぶっ通しでサイファーをしていたこともある。これは大げさではなく、ぼくが復帰できた理由のひとつはラップなのである。

そういうわけで、ときにはデパスや酒でふらふらになりながらもサイファーをしていたのが大阪であった。ひつじさんやあかごひねひねくんとも、よく鴨川の河川敷でサイファーをした。下北沢でも一度した。言葉を発することは、最善の療法だ。文字を書くのもまた、これに似ている。

なんといっても舞城王太郎の新刊がでたのが大きかった。

浅野いにおの展示にもいった。ぼくは『うみべの女の子』がいっとう好きだ。はじめて読んだときの硬直をいまでも思い出す。

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 神聖かまってちゃんのライブにも行った。投票でセトリを決める、というイベントであった。整理番号が早く、最前列で見ることができた。何度もダイブしてきたので、都合10回くらいはの子をステージへ返す役割をおった。恋人はスタッフに頭を強くおされたらしい。そういうわけのわからない状態になるのが、ライブの楽しさではないかと思う。

マイスリー全部ゆめ」「友達なんていらない死ね」「るるちゃんの自殺配信」を聴けたので、もう年末は思い残すところがない。


マイスリー全部ゆめ  PV  神聖かまってちゃん

あかひねくん、鳥居くんと「どん底」で忘年会をし、年越しはの子のキャスを見ながら迎えた。米津玄師の「lemon」を聞いて泣くの子を見て、感情的になってしまった。

 

 

これがぼくの一年間である。よく頑張ったんじゃないかと思う。2019年、平成が死ぬ年はどうなるだろうか。一日一冊は本が読めたらいいな、と思う。

生き延ばしたい。

きたみち、ゆくみち――2018年秋

7月

関東編がはじまった。

といっても、ほとんど変わったことはない。鴨川がないことくらいである。

名古屋へ行き、四流色夜空くんと鳥居くんと飲酒をする。次の日の朝、神聖かまってちゃんの新譜をかけながら、真っ青な空の下で喫煙をする。ニッカの壜が散乱するなかで、青空を割るように流れるの子の声は、夏そのものであった。


神聖かまってちゃん「33才の夏休み」MusicVideo

 

関西では出なかったが、関東には虫がいる。ハッカ油をアルコールと混ぜてそこら中に噴射した。それ以降、虫は見ていないのでなかなか効果があるようである。

「うたの日」というサイトで「仮病乙」に関する問題が発生したのも7月であった。詳しくはブログを書いたので、そちらをどうぞ。

 

kamisino.hatenablog.com

読者の責任、ということについてはいつも考えている。

千駄木のギャラリーにも何度かお邪魔した。「幻」と「TENT」である。あまりギャラリーにはいったことがないけれど、行くたびに刺激を得る。いろいろできそうだな、と思う。谷川千佳という人の絵っぽいと言われた。どうでしょうか?

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【谷川千佳】憂いのある女の子

歯科医に行ったり、必要なものを買ったりと、この月は引っ越しの余韻のような月であった。

 

8月

南アフリカの作家、クッツェーの本を連続して読んだ。イギリス文学、フランス文学、といった西洋文学に比べて、ラテンアメリカ文学、アフリカ文学のくくりはあまりに雑である。ナイジェリアとエジプトではまるで違うであろう。いつの日か西洋に反抗して、国のアイデンティティを背負った作品がたくさん出てくるといいな、と思う。

 

マイケル・K (岩波文庫)

マイケル・K (岩波文庫)

 

 

本でいえば、長らく敬遠していた二大日本文学を読む。志賀直哉の『暗夜行路』と島崎藤村の『破戒』である。ぼくは後者をより面白く読んだ。そういえば藤村も長野県の人間である。彼は詩集しかよんだことがなかったけれど、小説もかなりよさそうである。

カフェ・アナムネでの展示のために、一時帰省する。「ハレルヤ、サマーノイズ」という連作を印刷し、短冊に貼り、壁に貼るような展示である。

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カフェ・アナムネは一二三屋の入っているビルにある。この展示「愛せないノイズ」は、もう四人の共同の展示である。そのうち一名の方は、昨年末に亡くなってしまった。ぼくは米津玄師のTシャツを着ていったのだけれど、その方も米津のシャツを着ていた。物静かで、ほとんど会話はしなかったけれど、何か通じあったような気がした。冥福をお祈りいたします。

同行人と実にいろいろな場所を回った、京都、大阪、住んだのは合計で9年ほどである。生来の出不精ゆえに、まだまだ回れる場所はたくさんあった。

久しぶりに長野に帰省もした。相変わらず閉ざされた土地である。気候だけは素晴らしいと思う。

ひたすらにゲームをした夏であった。初音ミクの『project DIVA』である。音ゲーはあまり得意ではないのだけれど、やり始めるととまらない。

映画は『百円の恋』がよかった。『愛のむきだし』でも、ぼくは安藤サクラの演技が好きであった。『万引き家族』も見たいところである。

 

9月

あいも変わらず精神が悪くODばかりしている。薬を飲んで夜に出歩くと、世界が輝く。これはたいへんよくないことである。

大麻堂のオーナーの『マリファナ青春紀行』の中の「イギリス人とあったらジグザグに逃げろ、銃で撃たれる。メキシコ人とあったらまっすぐ逃げろ、ナイフで刺される」という教訓はまったく役に立たなさそうだけれど面白かった。

名倉編の『異セカイ系』も、なんだか懐かしい小説であった。「まじめに正直に生きていれば、きっとさいごにはしあわせになれます

コレットの『青い麦』の中に、貝殻を灰皿に煙草を吸う場面であった。コレットはこういう小物やふとした瞬間の感情を書かせたらピカイチである。

アルバイトをはじめた。多少なりとも文化に近いアルバイトである。こうして文化的なところに漸近できたらさいわいである。

池袋にクリープハイプの展示を見に行く。大学時代にはクリープハイプを毎日のように聞いていた。『世界観』以降あまり聞いていなかったけれど、聞くようになった。

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映画では『FLCL』と『ポンヌフの恋人』がよかった。ポンヌフは、銀杏の楽曲の歌詞にあることからも気になっていたが、大森さんのおすすめとあってやっと観賞することができた。恋するあまり体を切り刻む主人公の男、他人事ではない。

きたみち、ゆくみち――2018年夏

4月

谷とも子さんの『やはらかい水』の読書会へ行く。酔っぱらった二次会で、吉川宏志さんに「塚本邦雄が~」と厄介な絡みかたをしてしまう。土岐友浩さんや大森静佳さんと映画の話をした。『夜空は最高密度の青色だ』についての感想が土岐さんと一致してうれしかった。この三次会では短歌人の辻さんとはじめて会った。「invitation」についての示唆はかなり心に響いた。「きみには破壊しかない」という言葉もしかりである。ふらついて自転車を倒してしまった。これはさいわいな一日であった。

7日の日記には「完璧な鬱!エウレカ!」と書いてある。ひと月に一回は、感情が悪くなるようである。

『アデン・アラビア』を読んでいると、長生きしても苦悩しかない人間というのはいるものだということがよくわかる。ニザンには怒りしかない。「すべてを運命のせいにすれば、いつまでもピラトゥスのように手を洗っていればいいってものじゃない

そういえばスペース猫アナへはじめていったのもこの月であった。勝手に冷蔵庫からビール瓶をとり、焦げ、あるいは煙草の灰が散乱したこたつで自由に飲食する。留置所上がりの窪塚洋介似の男と京都でおいしいカレーの話をしていたら、店主を含め、全員が寝てしまったので、たぶんこれくらいだろうという額を置いてその場を去った。無秩序である。

葉ね文庫というセレクトショップがある。ここでも様々な出会いがあった。当時のぼくとしては、短歌をやっている人間というのは全員嫌いだったので、家から徒歩5分くらいにあるこのサロンのような場所を、少し敬遠していた。それは嫉妬の裏返しに他ならなかったのかもしれない。今となっては帰省のたびにふらっと立ち寄る、灯のような場所である。店主の池上さんもあたたかく迎えてくれる。

ここでであった一人が井筒樹さんだ。この人がどういう人なのかは、未だにぼくもよくわからない。そんな井筒さんからカフェ・アナムネでの展示に誘われたのも、この4月だった。

田上くんとはよく飲みに行った。焼酎の魅力に気付いたのは彼のおかげである。

高橋睦郎氏と会ったのも4月だった。部屋に通されたときの空気をぼくは忘れない。変に引き延ばされた時間、高橋氏はゆっくりとぼくの目を見て「お座りなさい」と言った。氏の本をぼくはよく読んでいて、そういう話をしたかったのだけれど、緊張ですべて吹っ飛んでしまった。サインでは「かみしの」と書いてもらいたかったのだけど、「名前は?」ときかれたので「かけるです」と答え、結果としてぜんぶひらがなになった。でも高橋氏もひらがなで書いてくれた。かわいい。

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音楽でいえば、春ねむりのインストアライブへ行った。スピンズの中という変な場所であったけれど、とてもよかった。「ロックンロールは死なない」のである。CDにサインをもらう時に「春ねむりさんの楽曲から短歌を作ってもいいですか?」と聞いたら「ぜひ!」と言ってもらえた。彼女の熱量を再構築するのは骨だ。なんとか成したい。

映画は『リズと青い鳥』だ。これは現代版小津映画なのである。

 

5月

銀杏ばらばらばかな速さで日々は過ぎ本日であうすてきな鳩よ/阿波野巧也『sit in the sun』

 

君は鍵穴 僕も鍵穴 目の前に並ぶ開かない無数の扉/石井僚一『死ぬほど好きだから死なねーよ』

 

イルカがとぶイルカがおちる何も言ってないのにきみが「ん?」と振り向く/初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』

 

文学フリマ東京へ行く。さまざまな人たちと出会った。このあたりからまた精神が悪くなり、日記によるとルネスタソラナックスでらりっていたらしい。「ソラナックス大量嚥下」と書かれているページもあった。やめましょう。

月と600円に参加した。岡部桂一郎『緑の墓』である。「迫る」「近づく」といった動詞の多さ、フランスの象徴詩らしさが目についた。当日は秋馬さんと田上くんとともに塔の事務所へ行く。

誕生日であった。27歳で死ぬつもりだったけれど、結局生きた。世の中に何万人といる人間と同じ思考と同じ結果だ。誕生日の日にはバタイユを読んだ。「しかし私は、大聖堂前の広場で子供のように幸福に笑ったのだ」。この一文にぼくはというと泣いてしまった。

イタリアで川端康成を研究している人と会うので、「意識の流れ」について少し勉強した。これについては、またどこかで形にして残せたらいいな、とおもう。結局アルトーへたどり着いてしまうのだった。彼からはカトリックの教会がいかに腐敗しているか、という話を聞いた。その数か月後に、神父と少年愛の話がニュースになっていたので、少し情報を先取りした形となった。

死ぬのにも形容詞がいるの?鏡のように滑らかな海とかいう?川端康成『青い海黒い海』

ツイートがバズった。17万favは異常だ。

件のツイートをリツイートした漫画家が死んだことについて、そのファンが「好きに死のうな、をリツイートしていたことは問題だと思う」といった発言をしていた。ぼくが言いたかったのは、もちろん死ね、ということではない。「好きに」の部分が一番言いたかったのだ。その選択について第三者が何かを述べる隙間はまったくない。

6月

青葉闇 暗喩のためにふりかえりもう泣きながら咲かなくていい/井上法子

 

玲瓏の神變歌会で歌集批評のパネリストをした。

二次会では佐々木幸綱氏と話し、志賀直哉へ原稿を取りに行ったとき扇風機を向けられ、それに感動し「先生」と呼び始めた、というエピソードをきく。水のような日本酒を飲みながらへべれけになったけれど、楽しい一日であった。

イラストレーターのケント・マエダヴィッチさんを通じて、映像作家の松居大悟氏へ質問をすることができた。ぼくは松居氏の撮る映像がとても好きなのである。あの徹底的な「終わっている感」の源泉について少し触れることができた。

 


MOROHA『tomorrow』Official Music Video

 

6月は雨が降り続き、それに伴って精神もあまりよくなかった。そう思いながら日記を見直すと、半分以上は精神が悪かったようである。中学生のように「死ね」「死にたくない」と殴り書きしてあった。

6月18日は震度6弱地震に見舞われた。ぼくはいつも、地震の起こる(アラートが鳴る)数秒前に目を覚ますという癖があり、今回はそれで助かった部分がある。ちょうどぼくの頭のあった部分に姿見が落ちてきた。アパート全体が砕石機になったような激しい揺れであった。

音楽では梅田のhard rainにながとろさんのライブに行った。りんご音楽祭にも出演しているシンガーである。彼女の歌声は不思議な落ち着きをもたらしてくれる。

『Call me by your name』は大森さんと林和清さんの「映画と短歌」という対談の後、出町座で観賞した。エンドロールの長回しがたいそうよかった。

これをもってかみしの関西編終了である。

最後の日には葉ね文庫へ行った。三角みづ紀さんが来るということを聞いたからである。本谷有希子の夫であり、詩人である御徒町凧氏や岡野大嗣氏もやってきていた。ぼくはバスがあったので途中退散したけれど、どうやらその後飲み会をしていたらしい。悔しさにまみれながら、つまり、若干の後悔を関西に残しながら、関東へと足を踏み入れた。

きたみち、ゆくみち――2018年春

1月

自分を変えようと思ったのだ。

何かをするのだ、その「何か」を定めようと思った。前年のように天井をひたすら見上げて、自傷をして、そうして一年がすぎて、そのまま死んでいくのが怖かった。だから、ぼくは剛力で怠惰な性質を捻じ曲げようとした。だから、今年一年は、かなり無理をした一年であったように思える。

文学フリマ関連では、複素数太郎くんの『問題のある子』へ「破いて、ツインシュー」を寄稿する。「ゆきのまち幻想文学賞」に書いたものもサンプリングした。作中に書いたとある場面をフォロワーの人が実行したらしく、のちにその写真が送られてきた。虚構が現実を浸食する生々しい場である。

fukuso-sutaro.booth.pm

個人誌『永遠ごっこ』に収録した「ゴドー、ゆるやかに歩く」に一部加筆する。あの小説は東日本大震災に影響を受けて書いたものだった。日常はとうとつに終わりを迎える。その現実を、「終わり」を奪われた戯曲『ゴドーを待ちながら』に差し込んだのだった。どうしてもこの小説は個人誌に入れたかった。ただ、あの震災からは7年の月日が経っている。だから、川上弘美の『神様』のように、アップロード・パッチをあてたのだ。

文フリ当日は喪服で参加した、『T2トレインスポッティング』へのオマージュである。京都を離れることはすでに決めていたので、京都とそれにまつわるすべての思い出を葬送しようとした。『永遠ごっこ』は27歳までのかみしのを殺すための本でもあった。四流色夜空くんや、K坂ひえきさん、複素数太郎くんたちと打ち上げをする。ひえきさんの「ガラスのブルースでも、最後は川へ行きますよね」という指摘に感情がかき混ぜられる。

『永遠ごっこ』の表紙、裏表紙はりりぃさんにお願いした。ぼくは「朝顔と月見草と女の子」というかなり抽象的な依頼の仕方をしたのだけど、りりぃさんはすべてをくみ取ってくれた。表紙の女の子、本物の朝顔に巻き付かれながら、偽物の朝顔を抱える少女。ぼくの似姿であった。

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この『永遠ごっこ』では大森靖子の「少女三号」という楽曲を一部もちいている。だから、ずっと好きであった彼女にDMを送った。使用快諾の連絡とともに「27歳まで生きてくれてありがとう」という一言をもらった。27歳まで生きていてよかったと思った。

短歌関連では、粘菌歌会を始動した。友人の猫のパジャマくんと、ひつじのあゆみさんと。彼等との出会いも、ほとんど奇跡に近いものであったけれど、彼らのおかげでぼくは2018年をやってこられた。ひつじさんについては、はじめて大阪は扇町公園で出会ったとき、ぼくはメンクリ帰りでシャワーも浴びていないし、パーカーを深くかぶっているし、かなり怪しかったのではないかと思う。

石井僚一短歌賞に送る連作を作り始めたのもこの時期である。この時期に見た『ヒエロニムス・ボス』の映画は、かなり影響をうけた。連作のありようについては、以前鈴木秋馬さんや田上純也くんと少し話したところだったけれど、ボスの『快楽の園』はそのひとつの解答を用意してくれた。以下は1月に印象に残った短歌。

 

笑いながらフェラチオをしてる君の目にうつるすべてを忘れたくない/ナイス害『フラッシュバックに勝つる』

 

お湯のことさゆってよべばおいしそう さゆ きみの中身を知りたいよ/初谷むい『ぬばたま2号』

 

眼窩まであをぞら沁むる真昼間の卵生の紫陽花を飼ふゆめ/瑞田卓翔『かんざし3号』

 

音楽ではアキシブ系というジャンルにはまっていた。同人のフーリンキャットマークというユニットのCDを買い、ひたすら聞いていた。

映画は『バーフバリ』がやはりよかった。王道というのは小賢しさを圧倒する力をもちうる。

皆既月食、冴え冴えとした月と赤い月に見送られ、濃厚なひと月は怒濤のように終わったのだった。 

 

2月

塚本邦雄の『詞華美術館』。この一冊の本の周囲をぐるぐると回っていたのが2018年だったのではないかと思う。「エモーショナルきりん大全」はこの本から色濃い影響を受けている。日記のメモをそのまま書いてみる。「塚本邦雄とぼくは思考様式が似ている気がする。観念的連想。異なる地域の文章(詩/散文)を橋のように繋ぎ、分節化される以前の深層に寄り添う。塚本はパトス的であると思う。後期ソシュール」この本を読んだ2日後に「エモーショナルきりん大全」と「ヴェロニカ、あれが空だ」というフレーズが受胎告知のようにやってきた。赤ん坊は、すでにぼくの中にいたのだった。

 

詞華美術館 (講談社文芸文庫)

詞華美術館 (講談社文芸文庫)

 

 

玲瓏の歌会では、塚本は実は太宰が好きだった、という話をきく。真偽は定かではないが、太宰の「憑依的才能(丸谷才一)」と、塚本のパトス的心性、そこの親和性は高いのではないか。吉岡太朗さんが塚本の評は、対象の歌に塚本がのりうつる、といったことを書いていたけれど、その在り方は、まさに太宰の小説の書き方と同じである。そこを繫ぐのは、フロイト斎藤茂吉ではないか、ということで、ここからはその周辺を読んでいく。茂吉の「実相観入」と塚本の「サンボリズム」は同一線上にある。塚本は言葉に、ロゴスの最下層にアクセスする。古事記ギリシア神話の類似を探る比較神話学、その現代的焼き直しが塚本の『詞華美術館』ではないか。フロイトの『精神分析入門』には「言語学者や精神医学者からよりも、むしろ詩人から学ぶところが多い」という一言があった。

ウェルベックの『闘争領域の拡大』も印象的だった。この小説といえば、もう死んでしまったはるしにゃんのことを思い出す。彼の存在は、杙のようにぼくの中に打ち込まれている。彼もまた、太宰治であった。尊大だった彼の「ぼくは文学のことはよくわからないけれど……」というはにかみから、すでに数年離れてしまった。「ペニスであれば、いつでも切り取れる。しかしヴァギナの虚しさはどうにもできない

2月はずっと精神が悪かった。

フォークナー『アブサロム!アブサロム』の解説「現実の事柄(アクチュアル)を聖書外典アポクリファル)のような神話に」という一文が気にいる。

映画はパゾリーニの『デカメロン』がよかった。意地悪だ。

音楽では、zepp tokyo銀杏BOYZ大森靖子の対バンを見に行った。大森さんにも『永遠ごっこ』を渡した。ぼくにとっては二人のヒーローだ。「駆けぬけて性春」「非国民的ヒーロー」をうたう二人に、ぼくは自然と涙を流していた。ゴイステ時代の曲をやり、大森靖子はファンの一人の目をしていた。DAOKOが米津玄師と楽曲を製作するように、夢眠ねむオザケンのMVに出るように、大森靖子が銀杏と対バンするように、愛を続けることは無為ではないのかもしれない、と思わされたライブであった。こうしてぼくはぼくを生き延ばすことに成功していく。

 

花みたい、それはやさしい揶揄でした いいよ花ならお墓に似合う

 

この短歌はライブの次の日、横浜駅の花屋のポインセチアを見ているときにとうとつに降ってきた。感情が動くと何かができるのであった。

 

3月

初っ端から感情が悪化する。日記には「救われたい、救われない」という文字列が並ぶ。

「予が真に写生すれば、それが即ち、予の生の象徴たるのである」という茂吉の言は、ゴッホの「現実を描いたらそのまま神話となり、超越体験となる」というあり方、あるいは例のアクチュアルからアポクリファルへ、というあり方と重なって面白い。

未来の歌会に参加させてもらう。

歌会の心の動かなさについての話を、田上くんや秋馬さんとする。彼等と話していると、脳の底がかき回されて気持ちいい。

蒼井杏さんといちごつみを始めたのもこのころであった。『瀬戸際レモン』はぼくの中で、「よすぎて読めなくなりそうだから読まずに置いておく本」のひとつとして、心の神棚に挙げていた歌集である。だから、お誘いをいただいて感無量であった。はらはらとするいちごつみであった。

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粘菌歌会を円山公園で行った。酔漢に囲まれながらというのも、楽しかった。

 

0000書店紀行アーカイブ

0000書店紀行とは、10000円を握ってさまざまな人と本屋へ行き、本の話をしながら10000円分本を買おう、という企画です。

これはこれまで行われた分のアーカイブです。

 

第一回

ゲスト:木野誠太郎(シナリオライター

kamisino.hatenablog.com

 

第二回

ゲスト:あかごひねひね(ネタツイッタラー)

kamisino.hatenablog.com

 

第三回

ゲスト:土屋誠二(ハイパーノベルクリエイター)

kamisino.hatenablog.com

 

番外編

ゲスト:四流色夜空(小説家)

kamisino.hatenablog.com

倫理

「うたの日」というサイトがある。

ぼくもこのサイトについては外様なので、外様なりの認識で説明すると、「インターネット上で歌会ができる場所」である。「歌会」とはいえ、同時にひとつの場所に集まって、相互的な評を述べる場であるというよりも、めいめいが選歌して投票し、めいめいが評をするという場であるような自由度の高い歌会である。

ぼくもときおり、気が向いたときに短歌を投稿している。何よりも手軽だし、いろいろな人の短歌を読めるからだ。

 

先日、Twitterの短歌をやっている人たちの間で、「仮病乙」という文字列が話題となった。

題「鬱」(短歌には題詠といって、あるテーマのもとに短歌をよむ、というものがあります)の部屋において、「仮病乙」という文字列だけが、57577の定型の短歌群の中におかれていたのである。

そういうわけで、「これは荒らしではないのか」「送信途中ではないのか」といった話題でTwitterが盛り上がっていたのである。

うたの日ははじめ無記名で提出された歌に投票し、結果発表にあわせて作者が明かされる方式である。だから「荒らしではないか」という議論が起こるのである。

 

ぼくはといえば、まずその文字列をドラッグしてみた。「仮病乙」のあとに空白はなさそうだったので(もしかしてスペースを打っても消される仕様なのかもしれないけれど)、「仮病乙」だけで完結しているんだな、と思った。

少し短歌にふれていればわかるけれど、これは本当に短歌なのか?という短歌は山ほどある。加藤治郎の「言葉ではない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ラン!」という歌は教科書などでも見るかもしれない。

ぼくは題詠「鬱」に対しての短歌「仮病乙」を観賞してみることにした。そうして、難しいなあ、と思った。実際の歌会であれば、こういう挑戦的なことをするのであれば、よっぽどではない限り歌会の場所には現れるだろうし、批判も直接受ける覚悟があるだろう。けれど、ここはインターネットである。

「うたの日」に投稿している人はたくさんいるだろうし、そもそも「場」として成り立っているのが奇跡である。おそらく善意の集団なのである。だからこそ「悪意」に見えるものに対するアレルギーがあるのかもしれない。

 

当然といえば当然だけれど、この歌を「仮病乙」という自分の声に驚いてしまったことの沈黙、あるいは他者からの罵倒に対する沈黙の間の表現ととることはできる。けれど、それは「善意」のバイアスを自分にかけた上での解釈である。この「場」において、このフォーマットにおいて提出されたこのスペースなし5音のみ文字列を、そういう短歌としてとるのは、ぼくには難しかった。せめて「仮病乙」にカギ括弧がついていたら、そう読めたかもしれない。

あるいは、デュシャンの「泉」のようなおこないかもしれない、とも思った。けれどそれにしては、ちょっとありていすぎる。もちろんインターネットという「場」だから、インターネット・スラングを「鬱」というセンシティブかつホットな題でもちいて、「これをよんであなたに感情を芽生えさせることが芸術だ!」「場の崩壊という芸術だ!」ということもありえたけれど、それもかなり「善意」に引き寄せた解釈だ。

そういうわけで、ぼくは「間」説も「泉」説も、作者の作品に対する真摯さが足りていない、と思った。

どちらかといえば、こんなに「鬱病」というものについて認知がすすんだ世界で、未だに2000年代みたいな文字列を書くことが面白かった。だから好意的にとれば「泉」説かな、と思って、当初ツイートをした。

 

 

ほんとうであれば、こういう記事は書きたくないのだけれど、このツイートはわれながら問題を茶化し過ぎかな、抽象化して提示しすぎかな、と思ったので、謝罪のつもりで書いている。

ここまでが件のいきさつである。

そうして、ここから先のもろもろによって気分が悪くなってきてしまった。結果としてこれは荒らしではなかった。ぼくは贖罪の気持ち半分にこれを書いているのだけれど、もう半分は別種の感情である。

 

本気でそう思っているならばこの作者を人として認めないし、これを短歌と私は断じて認めません。

 

うつ病患者として見過ごせないので書きますよ。この、心ない一言に傷ついて死んでしまう人がいたら、あなた、責任が取れますか?

 

件の短歌への評に、こういうものがあった。ぼくは「鬱」の部屋に「仮病乙」という短歌の可能性のある文字列を書き込むより、こちらのほうがひどいのではないかと思う。これはテキストのもつ多くの可能性を、一番それらしいものに引き付けて、倫理によって殴っている図であるように思えてしまった。

当然「鬱」という繊細な題であるからこそ、この文字列をかなしく感じる人間はでてきて然るべきだ。作者は当然、その反応を予期しているに違いない。

だから、作者はこういう意見を甘んじて受け入れるべきである。そうして傷つけばよい。それが作者の読者に対する、あるいは作品に対する責任である。「仮病乙」はできるだけ客観的に見れば、そういう類の作品といえるからである。

けれど、だからといって、こうした「評」が「作品」に寄せられるのはかなしいことだと思う。これは「明確に」作者個人を傷つける言葉である。

おそらく「仮病乙」を「荒らし」とみなしたうえでの発言である(この評がどのタイミングで記入されたかはわからない)が、それなら、せめて作者が解題するまで待てばよいのに、と思う。「うたの日」には掲示板というシステムがある。善意の場において誤読を誘う可能性が高い作品を提出し、ここまで意図が伝わっていないのは作者の責任であり、その解説を作者が放棄してはじめて「荒らし」と判定できる可能性がでてくる。「場」の判断を誤った作者の責任は大きい。

しかし、これを尚早に「荒らし」と判断したのは読者の責任である。

感情的になるのは、作品をよんで感情を抱くのは当然悪ではない。この「仮病乙」はそういう効果をもつ文字列だ。けれど、そうした文字列に対してではなく「書いた本人」への攻撃に転嫁するのは、作品外に波及する負の連鎖である。

 

繰り返しになるが、この「仮病乙」については、作者の作品に対する自覚も、営為も足りていない。しかし作者である以上、この作品に対して寄せられる言葉に、作者は「傷」を負わなくてはいけない。それが「作者の責任」である。

だからといって、倫理をもって、つまり「この、心ない一言に傷ついて死んでしまう人がいたら、あなた、責任が取れますか?」といった言葉をもって、作者に詰めよっていいのかと言われれば、それは否、である。

これは短歌に限らず、文学全般、ときには社会思想においても、あるいはすべての事柄に対してであるが、発言の背後に後押ししてくれる「倫理」を想定している人間は、すでに文学者/思想家ではない。芸術は倫理を追い抜かなくてはならない。そもそも、文学は自由を志向するはずだ。

かなしい気持ちになること自体に罪はない、怒りをもつことにも罪はない。それをぶつけてもいい。けれど、一度立ち止まってもらいたい。その評は「読者の責任」を果たせているであろうか。感情的に過ぎていないだろうか。早合点ではないであろうか。嫌いなもの、認められないもの、わからないものを「悪」として排除しようとしていないだろうか。倫理という暴力を疑いなく行使していないだろうか。

ぼくは短歌をやっている人間は、すべて文学者だと思っている。大衆であれば、好き勝手に何を言おうがまず、問題はない。それは仕方のないことである。

もし歌人、詩人、文学者を志向するのであれば、「読者の責任」について立ち止まって考えてみるべきではないだろうか。

文字列は作者だけでなく、読者がいてはじめて作品となるのである。

ポール・ニザン『アデン・アラビア』

僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない。

 

ポール・ニザンの『アデン・アラビア』は、こういう一文ではじまる。カミュの『異邦人』と並んで、二十世紀フランス文学におけるもっとも有名な書き出しのひとつに数えられるらしい。ぼくはサガンの『悲しみよこんにちは』もそのひとつなのではないか、と思う。

 

アデン、アラビア/名誉の戦場 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-10)

アデン、アラビア/名誉の戦場 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-10)

 

 

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 

 

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

 

 

書き出し、ということを考えるときに、ぼくはいつでも太宰治の「女の決闘」の文章を思い出す。

 

書き出しの巧いというのは、その作者の「親切」であります。

 

太宰治はこうした読者への思いやりを「如是我聞」において「心づくし」と総括している。ぼくが最近、とある人からもらった言葉では「invitation」がこれに近いかもしれない。すなわち、読者をこちらの世界へ導く親切である。とかくに他者を気にしないひとりよがりな文章、もっといえば振る舞い、というのはこの世界には多くて、自戒もこめて、この「心づくし」は大切にしたいところである。

 

新ハムレット (新潮文庫)

新ハムレット (新潮文庫)

 

 

もの思う葦 (新潮文庫)

もの思う葦 (新潮文庫)

 

 

ニザンに戻れば、やはりこの書き出しに心をつかまれる人間は多いだろう。ぼくもそうだった。「二十歳」とはどういう季節であるのか。たとえば与謝野晶子ならば、「その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな」。俵万智流の訳では「二十歳とはロングヘアーをなびかせて畏れを知らぬ春のヴィーナス」である。

 

みだれ髪―チョコレート語訳 (河出文庫)

みだれ髪―チョコレート語訳 (河出文庫)

 

 

26歳のぼくですら、「若いね」「若い感性」といった言葉を受けることが多いのだから、いわんや二十歳をや、であろう。でもぼくは、そういう言葉を言われるとうれしい反面、少し苦しくなる。もしぼくが若くなくなったら、この感情は消えるのか。ぼくの性格を形作っているものが、ほんとうに若さだけなのだったら、すぐにでも死んで永遠になってやる。

「二十歳」とは、青春を表すひとつの記号なのだろう。だから、「二十歳は美しい」と人が言うときに、その人が羨望しているものはおそらく、きらめく過去という時間の幻影だ。あのころはよかった、という虚飾。

そうした非現実性に対してニザンは怒り狂う。『アデン・アラビア』は世界文学全集の編者である池澤夏樹の言葉を借りれば、「憤り」の文章なのである。

そもそもいわゆる小説とは一線を画したこの小説は、フランスで「風刺的小論文(pamphlet)」と呼ばれるものらしい。ここに物語はない。あるのは、ニザンの怒りなのだ。

それでは彼が具体的に何に怒っているのかというと、高等師範学校(フランスの教員養成学校。ニザンもサルトルと同期でここに入っている)のエリートたち、同時代の詩人、哲学者、教会だ。

『ラモーの甥』よりも、もっと痛烈に、直接的に怒っている。

 

ラモーの甥 (岩波文庫)

ラモーの甥 (岩波文庫)

 

 

いずれ哲学者は、単なる語彙の番犬となり、ひとつの言葉にいろんな意味があったあの中世の歴史家でしかなくなるだろう。

 

祖父たちに捨てられた城のかびた匂いのなかで心安らかにくたばるための最後の避難所

 

すべてを運命のせいにすれば、いつまでもピラトゥスのように手を洗っていればいいってものじゃない。

 

といった具合である。

「考えることは、否と言うことだ」というアランの言葉を引用し、創造力を発揮せずに習慣に埋没する物質に近い人間たちに「否」を叩きつける。

そうして彼は逃げる。その逃げ道にも、彼は「否」を重ねる。宗教――否。偉人への道――否。自殺――否。彼が選んだのは、東洋への旅、イエメンのアデンへの逃亡であった。この『世界文学全集』シリーズを読んでいると、みんなよく旅に出る。『オン・ザ・ロード』が刊行されたはじめの一冊である、ということはおそらく確信犯だろう。『楽園への道』のゴーギャンも旅に出る。それは、近代化という一方通行な時間の遡行であり、ここではないどこか、の希求だ。そして、冒険というのは、たいてい活気の湧くものなのである。

 

オン・ザ・ロード (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-1)

オン・ザ・ロード (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-1)

 

 

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)

 

 

ちょっと風景が変わる。ぼくもふらふらとするのが好きだから、気が向いたらどこかに出歩く。なんとなく景色が変わって、知らないものを見て、気が安らぐ。廃墟や心霊スポットへいっておののき、海を見て感動する。そういうことが、ずいぶんある。冒険は単なる運動に加えて、未知の体験である。端的にいうと、わくわくする。

巖谷國士ルネ・ドーマルの魔術的冒険小説である『類推の山』(ホドロフスキーの『ホーリー・マウンテン』の原作)の解説でいうところの「元気が出る」という効用が、冒険や旅にはある。

 

類推の山 (河出文庫)

類推の山 (河出文庫)

 

 

それではニザンはどうだったか。もちろん旅――否であった。

イギリスを出発してジブラルタル海峡を通過し、スエズ運河を渡り、紅海、アデンへたどり着くまでの描写はたった4ページ。

 

得意がるほどのことではない。

 

そういう突き放した言い方で、彼の旅は終わる。旅それ自体を楽しむことのできなかったニザンは、やはりアデンも楽しむことはできなかった。

 

アデンは、僕たちの母なるヨーロッパのぎゅっと凝縮されたイメージなのである。

 

東洋よ、詩に歌われるおまえのヤシの木々の下に、僕が見つけることができたのは、またもや人間たちの苦しみなのだ。

 

 

この本が書かれたのは1931年。ニザンがアデンへ滞在したのが、1926~1927年。軍国主義植民地主義のただなかにあって、アデンはイギリス領である。アデンには哲学も詩もない。あるのは、ヨーロッパでのそれをもっと純粋にした、資本家の退屈と労働者の苦役。変わらない近代のシステムであった。

ぼくは「みんな同じ空の下」であるとか、「同じ月を見ている」であるとか、そういった言葉を目にするたびに、少し怖くなる。

 

はちぐわつは青空ばかり底踏みぬいてもまたもや青空/南輝子『WAR IS OVER!百首』

 

同じ空であるということは、同じ空でしかないのである。太陽は眼であり、どこまでいっても監視されている。「三笠の山にいでし月かも」の感傷も、ニザンにはないだろう。資本主義のモチーフの変奏でしかない東洋に彼が感じたのは「退屈」であった。

 

可能性として存在する事物に従って生きるような生き方は、退屈の所産である。

 

アデンでは、恐ろしいくらい無為をもてあます。

 

 

退屈が生み出すものは、過去への憧憬や未来への期待である。そうして自らを興奮させる事件への期待である。それは虚飾であった。リアルではなかった。ニザンにとって「二十歳」とは奪われ続ける、破壊され続ける社会へ参入しなくてはならない年なのだ。

それでは、彼は旅のすべてを否定したのかといえばそうではない。彼は逃亡の為の旅に否といい、オデュッセウスの旅を是とする。

 

旅にまっとうなものはひとつしかない。それは、人間に向かって進んでいくものだ。それがオデュッセウスの旅なのだ。

 

彼は旅を通して立ち向かうものとなる。プラトンヴァレリーをも批判するニザンはマルクスの名前を出さない。この小説の中に、マルクスという人間はまったく存在しない。だからこそ、かえって存在が引き立つ。彼がニザンへの渡航で得たものは、「本当の力」への意志であった。

 

自由は、現実的な力であり、自分自身であろうとする現実的な意志である。

 

自由? 僕が探しているのはそんな空虚なものじゃなくて、本当の力なんだ。

 

フランスに帰ってからの15章(全15章)は、他の章に比べると長い。そこでは、いっそう強い調子でホモ・エコノミクスを批判する。ホモ・エコノミクスとは「経済活動において自己利益のみに従って行動する完全に合理的な存在」をいう。

 

彼はむしろ自動販売機に近い。

 

目的はただひとつ、購買力によって支配すること。

 

こうして、彼らが感じる軽蔑、人々のうちにひき起こす羨望が、彼らの生の実感なのだ。

 

 

彼らの所有は「抽象的」であり、「距離を置いたまま行われるおとぎ話めいた接触」である、とニザンはいう。一方、労働によって得られる所有は「行動、代価、生産物が一体になったもの」である。「自動販売機」という言い方は、アデンへの旅の前に倦んでいた、ベルクソンのいうところの「機械に近い人間」と同じようなものだろう。彼は旅によって、逃げるものから立ち向かうものへと変化した。

ぼくはすごいと思う。ぼくにはこんなに勇気をもって、他者を鼓舞することはできない。負けていたらいいと、それでも仕方ない、と思ってしまう。

この小説は、次のような文章をもって締めくくられていく。

 

きみたちは孤独だ。夕食をとるときも、劇場に、映画館にいるときも、歩道を歩くときも、女とベッドにいるときも、罠を探すんだ。きみたちが通り過ぎていく舞台は、きみたちに不利なように仕組まれている。それを壊さなければならない。

 

怒りをかき立て、気を抜いたりしないこと。憎しみなくして、やつらの秘密を暴けるだろうか?

 

 

もしかしたら辟易する人がいるかもしれない。ブルジョワジーをぶっ倒せ!労働者は革命せよ!そういったアジテーションは、ある意味では古色蒼然としており、もはや空虚に響く。街角で拡声器をもって不平不満を叫ぶ人間をたまに見かける。もちろん、あれで奮起する人間もいるのだろうけれど、ぼくは虚しさを覚えるばかりだ。しかし、この『アデン・アラビア』は違う。

寺山修司は『戦後詩』の中でアジテーションと詩の違いを次のように説明している。

 

 

アジテーションは「隣人のことば」でもよいが詩はあくまでも「自分のことば」でなければならないのである。それは勿論、読者さえも、その詩人の内部の土地へふみこんだときから「自分のことば」として、詩を「体験」できるものである必要がある。

 

ここに書かれた言葉は、間違いなくニザン個人の体験から出てきた、彼の苦悩と怒りの言葉に他ならない。アデンにいったことのないぼくは、彼の倦んだ船旅を追体験し、「僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない。」という言葉を、まるで自分のものであるかのように感じている。

「本当の力」への意志のようなものが、煮えるのを感じる。

ニザンはダンケルクで戦死した。もし彼が生きていたら、どうなったか。暇はないが退屈していた彼は「生きることはバラで飾られねばならない」(國分功一郎『暇と退屈の倫理学』)のような生を是認できたであろうか。

 

暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)
 

 

同じくフランスの詩人のジャック・プレヴェールにこんな詩がある。

 

「五月の歌」

ロバと王様とわたし

明日はみんな死ぬ

ロバは飢えで

王様は退屈で

わたしは恋で

時は五月

 

 

すべてを手中に収めた王様は、退屈する。退屈の虚飾を許せなければ、どうなってしまうのか。彼の戦死をうつくしいということはできない。けれども、それが救いでなかったということもまたできないのである。

 

 

ではニザンの意志は消滅してしまったのだろうか。

『アデン・アラビア』の書評を書き、自身もニザンと親戚関係にあった(らしい。ソースは世界文学全集の解説)レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』はこんな一文から始まる。

 

私は旅や探検家が嫌いだ。

 

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)

悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス)

 

 

レヴィ=ストロースがどういう人間であるか、については説明するまでもないと思う。ニザンの意志は、やがて思想の枠組みを変換させる。彼の戦いは無駄ではない。

ロックンロールは鳴りやまないのだ。