『群像70周年記念号』全作レビュー4~ユー・アー・ヘヴィ~

 

群像 2016年 10月号 [雑誌]

群像 2016年 10月号 [雑誌]

 

 

前の記事で「戦争文学は好きじゃない」といったけれど、少しニュアンスが違った、というか主語が大きかったなと反省しました。

ぼくがあまり好きではない戦争文学は、もっと詳しくいえば原爆の文学です。つまり、原爆であったり空爆であったり、ひたすら蹂躙される一般人に関する小説です。

今回扱う大岡昇平の「ユー・アー・ヘヴィ」のような、戦地に赴いた人の戦地での経験を書いた小説は、不思議と読むことができます。

ある補充兵の戦い (岩波現代文庫)

ある補充兵の戦い (岩波現代文庫)

 

 

どこか遠い小説に思えるからなのか、一種のスリル小説のように思えるからなのか、とにかく軍人たち(彼らも一般人に他ならないのですが)の小説というのは、一歩引いた目線から読むことができます。

 

大岡昇平といえば『俘虜記』や『レイテ戦記』、『野火』などが有名な第二次戦後派の小説家として知られています。

じゃあいわゆる古臭い人なのかといえばそうでもなく、晩年にはYMOだったり萩尾望都だったりジミヘンだったり新しいものにもどんどん興味を示し、演劇やフランス文学の翻訳にも手を出した好奇心旺盛な人だったようです。

 

俘虜記 (新潮文庫)

俘虜記 (新潮文庫)

 

 

レイテ戦記 (上巻) (中公文庫)

レイテ戦記 (上巻) (中公文庫)

 

 

野火 (新潮文庫)

野火 (新潮文庫)

 

 

本作は、

 

「この頃の俘虜の話は、型がきまってるな。つかまるまでは、いやに詳しい。ところがつかまってからは、すぽっと、あとがねえんだ」

 

という友人の言葉に触発されて「比島敗戦の経験」の、おそらくは『俘虜記』の補遺として書かれた小品です。友人の発言からわかるように、捕虜として捕まってからの連合国軍とのやりとりが綴られています。

そもそもどうして俘虜になったあとの文章が少ないかといえば、文中で、

 

当時はまだ「敵」という字を文中に使えなかった。

 

「敵中」を「相手の中」では、文章にならない。

 

と説明されています。敗戦後、日本の出版物はGHQの検閲を受けていました。この検閲機関は1949年まで活動し(山本武利『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』2013.07より)、規制の制度自体は1952年のサンフランシスコ講和条約まで続いていました。

この「ユー・アー・ヘヴィ」は1953年5月の『群像』に掲載なので、ようやく検閲の波が収まったゆえに書くことができた、ということもできるかと思います。

 

この作品は主人公(としておきます)がフィリピンで歩哨につかまってから、ブララカオという10町(約1キロ)先の街に移動するまでのやりとりが、英語のカタカナ表記を交えながら書かれています。

途中で山道があるとはいえ、現代のぼくたちだったら数十分も歩けばたどり着ける距離です。しかしながら主人公は何度も弱音をあげます。

 

「キル・ミー、キル・ミー、アイ・ウォント・ツー・ビー・キルド・ザン・ウォーク(殺してくれ。歩くより殺された方がましだ)」

 

主人公と歩哨のやりとりは、全くといって殺伐としたものではありません。煙草はいらないかと差し出してみたり、命のやり取りをしている相手同士とは思えない距離感です。

しかしながら、たかだか1キロを歩くよりも死を選ぼうとする主人公の心境に、限界状況を読み取ることができます。死が当然化しているゆえの空気感、死が大きなイベントにならないからこその独特な雰囲気が満ち満ちています。

 

ついに限界を迎えた主人公は、押し問答の末、担架に背負われることになります。

 

「ソーリイ・アイム・ソー・ヘヴィ。アイ・ウェイ・アバウト・フィフティエイト・キログラム(重くてすまない。五八キロぐらいある)」

「シャッタップ(うるさい)」

 

このあたりのやりとりで、米兵も当然ながら疲れているということがわかります。

戦争というのは、人間との人間の命の取り合いということです。枢軸国も連合国も機械ではなく、人間が「消費」される戦いをしていたわけです。

死が日常化しているから、ひとりひとりの命が軽い。

 

その後、主人公をのせた担架は現地人へと引き渡されます。もちろんフィリピン人だって疲れている。主人公の顔にかぶされた帽子をわざとずらして、自分と同じように太陽の下にさらすといった「いじわる」をします。その「いじわる」に対して、主人公もげんこつをもって仕返しをする。

最後の最後に主人公は、この現地人にげんこつの一撃と、

 

「ユー・アー・ヘヴィ」

 

の言葉をちょうだいします。

他人の手に委ねられてはじめて、主人公は自らの体の、存在の重さを再確認できたわけです。

敵、と呼ばれる人々によって自分の存在を承認するという皮肉的な逆説がおきたというわけです。

 

短くユーモアのある作品ながら、戦争という現象の特異性が際立つ作品でした。

『群像70周年記念号』全作レビュー3~鎮魂歌~

 

意気揚々とはじめた『群像』全作レビューだけれど、早々に手が止まってしまいました。

群像 2016年 10月号 [雑誌]

群像 2016年 10月号 [雑誌]

 

 

三つ目に掲載されていた、原民喜の「鎮魂歌」。この作品の咀嚼にとても時間がかかってしまったからです。

結論から言えば、これは小説ではなくて、詩でもなくて、慟哭であって、生の叫びであって、祈りです。

 

原民喜戦後全小説 (講談社文芸文庫)

原民喜戦後全小説 (講談社文芸文庫)

 

 

学校の教科書に載っていた作品で、印象に残っている作品はなにか。そう聞かれたら、何と答えますか?『羅生門』だったり、『舞姫』だったり、『こころ』だったり、いろいろな答えがあると思います。

もちろんぼくも、そうした作品が頭の大部分を占めているのですが、その片隅に黴のようにこびりついている文があります。

 

コレガ コレガ人間ナノデス

人間ノ顔ナノデス

 

原民喜の戦争詩なのですが、この悪夢のようなイメージが頭にはりついてしかたがなかった。

正直いって、ぼくは戦争文学といわれるものがあまり好きではありません。それは、まったく政治的意図はなしに、どう転んでも悲しいきもちになるからです。戦争の悲惨さ、戦争の悪辣さ、これは実際に戦争を経験していない世代には、「本当」にはわからないのだと思います。

大学生のとき、広島の原爆資料館で「原爆の絵」という本があったので読んでみました。そこには「子どもを守るような形で焼死した親子の絵」が、何人もの証言で、同じ構図で描かれていました。

 

 

ぼくは椅子に座ったまま動けなくなりました。まぎれもない事実に、かなしさといえばいいのか、嫌悪といえばいいのか、ぼくの心はまったくどす黒い感情に支配されてしまっていたのです。

つまり、共感はできるのです。

戦争を扱った小説は学校でも教わりました。「ちいちゃんのかげおくり」「おとなになれなかった弟たちに……」。怖いのもわかるし、かなしいのもわかる、理不尽なのもわかる。けれど、それはぼくにとっては「おとぎ話」なのです。

あくまで疑似体験であって、想像力の世界の話なのです。経験していない以上、たぶんこれは仕方のないことなのだと思います。こうの史代の『夕凪の街 桜の国』に衝撃をうけたけれど、それで戦争について本当に理解したかと問われれば、いいえとしか言うことができません。

 

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

 

 

したがって、ぼくが戦争文学に対してとれるスタンスは、直情的な感想を除けば、それにいかなる技法が用いられ、どういった効果を発揮しているのか、すなわち文学的な位相にとどまらざるをえません。

「かなしい話だね」というだけではとどまらない、戦争への想像上の悪意をぼくはもっています。しかし、それは食べたことも作ったこともないスイーツについてあれこれ語るパティシエのようなもので、どうしても嘘に思えてしまうのです。

もちろん、それでも語り継がれなくてはいけない、語り継ぐべきだという意見もあるでしょう。ぼくとしては「そちら」寄りの沈黙、という手段を選ばざるを得ません。

 

「鎮魂歌」の話に戻ります。

これは小説ではありません。悪夢の反復であって、死者の声の再生であって、咆哮であって、祈りです。

鎮魂の文学については、ここ

 

kamisino.hatenablog.com

 

ここ

kamisino.hatenablog.com

で語っているので繰り返しになるのですが、この文章は、そうした「鎮魂の文学」が極めて純粋化したものです。純度100%の鎮魂歌です。

 

揺れかえった後の、また揺れかえりの、ふらふらの、今もふらふらと揺れかえる、この空間は僕にとって何だったのか。めらめらと燃え上がり、燃え畢った後の、また燃えなおしの、めらめらの今も僕を追ってくる、この執拗な焔は僕にとって何だったのか。

 

僕はここにいる。僕はあちら側にはいない。ここにいる。ここにいる。ここにいる。ここにいるのだ。ここにいるのが僕だ。

 

ほんの一部ですが、この文章にはリフレインが多用されています。生き残ってしまったものの強迫観念が、ノイローゼが強烈に再現されています。

 

自分の立っている位置さえ曖昧になるのは、彼が歩いているのが死者の街だからです。もちろんそこは、生きている人が歩き、生活する場所です。しかし、彼には

 

人間の声の何ごともない音色のなかにも、ふと断末魔の音色がきこえた。

 

「生き残り、生き残り」と人々は僕のことを罵った。

 

といった具合に、彼のいる場所、すなわち生者の世界に居場所のなさを感じます。どんどん、死者の側に引きずられていきます。そうして彼は、死んだ者たちの声を聞きます。死者たちが、彼に憑依します。彼はますます、「こちら側」に存在してしまっていることに苛まれます。

 

救いはない、救いはない

 

と考えながら、彼は生者でありながら、死者の街を放浪します。

原民喜は、被爆者です。破壊された広島の街を歩き、死者の上を歩いたはずです。「人間の顔」なのかどうかもわからなくなったものを、視界いっぱいに受け取ったはずです。これは物語ではなく、現実なのです。悲しませるため作ったお話ではなく、むき出しの叫びなのです。

ぼくはそれを想像することしかできません。

バイバーズ・ギルト、と一言で言ってしまえばそうなのかもしれませんが、この原民喜の慟哭としかいえない文章は、想像すらも拒絶するようなエネルギーに満ちています。理解することはできません。

本当は、こんな感想をかくのもためらったほどだったのですが、このなんともしがたいきもちを、それでも文章にしておこうと思ったので、愚にもならないことを綴ってしまいました。

 

嘆きよ、嘆きよ、僕をつらぬけ。還るところを失った僕をつらぬけ。突き放された世界の僕をつらぬけ。

 

繰り返されるこの叫びだけが、それだけが、生きているものにできる唯一の祈りであって、鎮魂なのだと思います。

原民喜の咆哮する遥か彼方の背中を見ながら、そっと感じ入ることしかできないのが、この文章なのではないかと思います。

 

原民喜は、のちに鉄道自殺をします。

『群像70周年記念号』全作レビュー2~トカトントン~

全作レビュー第二回は、太宰治トカトントン」です。

 

群像 2016年 10月号 [雑誌]

群像 2016年 10月号 [雑誌]

 

 

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

 

 

この太宰治についてはいろいろなところでいっているのですが、間違いなくぼくの現在を形作った作家です。形作ったというと、語弊があるかもしれません。ぼくの本質(のようなもにょもにょ)に、名前を与えてくれた作家、といった方がまだ近いのかもしれません。

 

あまり思い出話もよくないとは思いますが、ぼくが手紙から対談、学生時代の作文、はては作品の論文、批評、近親者の回想文にいたるまで文章になっているものをほとんど読みつくした作家は、この太宰治のほかには誰もいません。

一時期、ぼくは自分のことを太宰治だと思っていたし、太宰治はぼくのことを書いていると本気で思っていました。

TwitterのIDは太宰だったし、卒業論文は『右大臣実朝』に感化されて『金槐和歌集』だった(太宰の小説にしなかったのは近づきすぎて嫌いになるのが怖かったから)し、三鷹に行って太宰が身に着けたマントをつけさせてもらったり、まるでアイドルか何かのように心酔していました。

以前ほどではありませんが、今でも、太宰治はぼくのことを書いていると思っています。

 

惜別 (新潮文庫)

惜別 (新潮文庫)

 

 

金槐和歌集  新潮日本古典集成 第44回

金槐和歌集 新潮日本古典集成 第44回

 

 

ぼくは太宰治の小説の特徴を三つのワードで表現すれば、「憑依」「倍音」「語り」だと思っています。

 

まずは倍音についてですが、これはぼくが作った言葉ではなくて、内田樹さんが使った言葉です。

 

書いている作家のなかに、複数の人格が同時的に存在していて、彼らが同時に語っている。

 

その故に、

 

そこに自分だけに宛てられたメッセージを受信することになる。

 

そうした文体のことを、「倍音」的な文体であると、内田さんは語っています。

 

 

さきほども言った通り、ぼくは太宰治の文章を読んで、ぼくのことを書いていると大真面目に錯覚しました。けれど、太宰治の読者は日本中にたくさんいるわけで、ぼくと同じような感覚をもった人間がたくさんいるからこそ、桜桃忌には老若男女問わず多くの人が三鷹に集結するわけです。

太宰治の中にいるいくつもの人格が、同時に語りかけている。だからその中に自分に宛てられたメッセージを積極的に読み取る。太宰治の音楽にぼくたちは共振するというわけです。

 

それに関係して、太宰治の異様なまでの「憑依」能力についても、考えなくてはいけません。

憑依という言葉が少し遠く感じるならば、換骨奪胎の異常なまでの巧みさと言い換えてもよいのですが、とにかく太宰治はあらゆる作品を自分のものにしてしまいます。

よく太宰治は女性の一人称が得意である、というような評論がありますがそうではありません。

太宰治は誰にでもなることができるのです。

太宰治の作品といえば真っ先に名前が挙がるであろう「走れメロス」ではシラーに、「斜陽」では太田静子に、「右大臣実朝」では実朝や公暁に、「駆け込み訴え」ではユダやキリストに、「新ハムレット」ではシェークスピアに、「新釈諸国噺」では井原西鶴に……。

古今東西を問わずに、太宰治は憑依し続けます。

どれもこれも間違いなく太宰治の作品になっています。どうして太宰治は、こんなにも誰にでもなれるのでしょう。

太宰はエッセイ「如是我聞」の中でこんなことを述べています。

 

文学に於て、最も大事なものは、「心づくし」というものである。

 

「心づくし」とは何か。「正義と微笑」の中のこの言葉が、それを端的に説明しているのではないかと思います。

 

誰か僕の墓碑に、次のような一句をきざんでくれる人はないか。「かれは、人を喜ばせるのが、何よりも好きであった!」僕の、生まれたときからの宿命である。

 

人を喜ばせるために、趣向を凝らして小説を書く。本当の自己はひた隠しにして、道化を演じ、人を楽しませる。そうした態度が太宰治の憑依的な才能を開花させたのではないでしょうか。

しかし、そうやって道化を演じる自分に、ある不安に似たものを太宰治は感じていたのではないか、とも思います。「葉」の中に、次のような断片があります。

 

白状し給え。え? 誰の真似なの?

 

人の為と書いて、偽と読みます。自分を隠して、利他に徹する。誰にでもなれるゆえに、本当の自分が行方不明になる。

ポルトガルの詩人ペソアの綴る言葉に、太宰治の苦悩が書かれているような気がしてなりません。

 

いまの私は、まちがった私で、なるべき私にならなかったのだ。

まとった衣装がまちがっていたのだ。

別人とまちがわれたのに、否定しなかったので、自分を見失ったのだ。

後になって仮面をはずそうとしたが、そのときにはもう顔にはりついていた。

 

私はと言えば、ほんとうの私はと言えば、それらすべての中心である。実在しない中心、思念の幾何学によってのみ存在する中心である。周囲にこれらのものが回転するこの虚無が私なのだ。

 

新編 不穏の書、断章 (平凡社ライブラリー)

新編 不穏の書、断章 (平凡社ライブラリー)

 

 

何人もの自分を持つことができる、ゆえに倍音の文章を書くことができる。しかし、その裏に果てしない苦悩が隠れているのではないかと思います。

さらにこの倍音をはっきりとしたものにしているのが、「語り」の文体。

太宰治は、紙面から「こちら」に向けて語り掛けてくるような言葉遣いで文章を綴ります。

語られるようなリズム、まるでキャッチコピーのように歯切れのよい言葉に、ぼくたちははっとします。太宰治のどの小説でもいいので手に取ってみて、どのページでもよいので開いてみると、不思議なことに印象的な一文が必ず見つかるのです。

昔、本の枕フェア、という小説を隠して冒頭の一文だけでその小説を購入するかどうかを決めるというイベントが書店で行われていましたが、太宰治の小説でこれを行ったら、どれを買おうか迷って結局選ぶことができないのではないかと思います。

太宰治の言葉集、といった類のものが出ていることからもわかるように、太宰治の言葉は内容以前に言葉として、繊細にぼくたちの心をとらえます。

 

トカトントン」の話をします。

この小説は、

 

拝啓。

一つだけ教えて下さい。困っているのです。

 

と、小説家に宛てた手紙という形式で話が進んでいきます。

困っていることとは何か。それは何かに熱中しようとするたびに聞こえてくるトカトントン」の音です。

 

何か物事に感激し、奮い立とうとすると、どこからとも無く、幽かに、トカトントンとあの金槌の音が聞えて来て、とたんに私はきょろりとなり、眼前の風景がまるでもう一変してしまって、映写がふっと中絶してあとにはただ純白のスクリンだけが残り、それをまじまじと眺めているような、何ともはかない、ばからしい気持になるのです。

 

あのトカトントンの幻聴は、虚無をさえ打ちこわしてしまうのです。

 

この音は、芸術に打ち込もうとしたとき、「労働は神聖なり」といって労働に打ち込もうとするとき、恋愛をしようとするとき、デモや政治活動に興味を抱いたとき、果ては、

 

晩ごはんの時お酒を飲んで、も少し飲んでみようかと思って、トカトントン、もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもトカトントン、自殺を考え、トカトントン

 

と四六時中何をするにも、この無力の鐘が鳴り響くことになります。

これはとても卑近な例ですが、ぼくもこういう風になってしまうことがよくあります。一念発起して何かをやろうとする瞬間に、唐突にやるきがなくなってしまうこと。スケジュールを立ててはやるきがなくなってしまうこと。生きているのがしんどくなって、でもそのしんどいということにさえやるきがなくなってしまうこと。

太宰治の発する声に、ぼくは共振してしまいました。

理想に立ち向かおうとして、急に現実に足元をすくわれる(作中の恋愛をしようとした瞬間に、急に背後の犬の糞が気になってしまうというように)といったらよいのか、世界に対する圧倒的な無力感に苛まれるといったらよいのか、そういう恐ろしいしらけ、まるで躁から鬱へのフリーフォールが、太宰の語りによって描かれています。

 

もちろん1947年の作品ということもあり、このしらけの背後には戦争というものがあると思います。しかし、このしらけの感覚は、すでに普遍性を得て、現代のぼくたちに(少なくともぼくには)訴えかけてきます。

 

さらにこの小説の一番苦しいところは、手紙を送られた小説家による返信。

 

気取った苦悩ですね。

 

とばっさりです。

悩んでいる青年も、返信する小説家ももちろん太宰治です。つまり、この小説は自問自答であって、そのしらけに対して太宰は極めてニヒルな解答を自分で用意しています。

苦しみは自己解決しているのです。しかし、解答をえると同時に、決してトカトントンの苦しみは消え去っていません。

堂々巡りなのです。答えはわかっているけれど、どうしようもないのです。この無限回郎の構造こそが、最もつらいところです。

 

悩みに対して、分裂した自己が常に行動を監視するという状況。悩んでいるのも自分だし、監視しているのも自分なので、どちらのいうことも自分にとっては真実であるという状況。二律背反が一つの体に共存しているという状況。

太宰治倍音が引き裂かれ、一対一のものとして対峙したのが、この「トカトントン」なのではないかと思います。

 

話と関係ないところでも、太宰の語りはさえわたっていて、内向的な人間にとってはとても共感してしまうような言葉はたくさんありました。

 

日ましに自分がくだらないものになって行くような気がして、実に困っているのです。

 

恋をはじめると、とても音楽が身にしみて来ますね。

 

途中、自分の両手の指の爪がのびているのを発見して、それがなぜだか、実に泣きたいくらい気になったのを、いまでも覚えています。

 

ぼくの自意識を、太宰はわかるわかると頷いてくれます。

太宰治と、馬鹿げていやがるなんて言いながら、お酒を酌み交わしてみたかった。

『群像70周年記念号』全作レビュー1~岬にての物語~

群像の創刊70周年記念ということで、分厚い(800ページ超!)の群像が発売されました。

 

群像 2016年 10 月号 [雑誌]

群像 2016年 10 月号 [雑誌]

 

 

ここにはなんと54の短編が掲載されていて、時代も三島由紀夫から藤野可織まで、広い範囲から採られています。

こうやって近代から現代のまでの文学を語れる機会があまりなかったので、今回、この群像の掲載作品の全作を思い出話半分にレビューしてみたいと思います。

読んだことのある作家、ない作家いろいろいるけれど、備忘録としていろいろ書き散らします。

 

その第一回となるのが、三島由紀夫の「岬にての物語」です。

 

岬にての物語 (新潮文庫 (み-3-26))

岬にての物語 (新潮文庫 (み-3-26))

 

 

群像の冒頭は三島由紀夫に続いて太宰治の作品が収録されており、思わずニヤリとしてしまいました。

ぼくは大学では文学部に進んだのですが、初めに巻き起こった論争が「村上春樹は好きかどうか」「夏目漱石の作品の中で好きなものはどれか」、そして「三島由紀夫太宰治のどちら派か」というものでした。

この二人の論争(というか、三島由紀夫からの一方的な論争)は、文壇におけるビーフとしてかなり有名なものの一つ。

『不道徳教育講座』ではわざわざ一章を割いて、太宰への思いのたけをぶつけています。おそらく根本が似たもの同士の二人ですので、弱い自分を着飾った三島は、弱い自分のままでいた太宰に対して思うところがあったのではないか、と邪推してしまいます。

 

不道徳教育講座 (角川文庫)

不道徳教育講座 (角川文庫)

 

 

三島由紀夫の文章の特徴として、修飾的で華美である、というものがあります。

この「岬にての物語」は房総半島の鷺浦と呼ばれる岬で、幼少期の「私」が直面した出来事について書かれた物語です。

 

その岬の描写は例えばこのようなもの。

 

永劫の弥撒を歌いつづけている波濤の響

 

勢い立った夏草の茂みは、そこに咲く鬼百合の虹のような毒気と共に、

 

憂愁のこもった典雅な風光

 

オルガンの音はそこから物織る糸のように忍び出で、野の花々(鬼百合も)に蜘蛛や蜜蜂や黄金虫が死んだように身を休め、しばし凪に楡の樹の梢も鳴らさぬ午後の謐けさすべてが金色のままに翳なくそれがそのまま真夜中を思わせるような夏の午後の謐けさを、そのオルガンの音楽はさまざまな縫取りで重たくするかのようであった。

 

花々は虔ましい祈禱のために打ち集うていたのだと思われた。

 

ぼくはどうにも、この三島由紀夫のうるさい修飾がはじめのうちは好きになれなかったのですが、いろいろ読んでいくうちに、だんだん読めるようになっていきました。

「弥撒(ミサ)」「鬼百合」「毒気」「憂愁」「死」「祈禱」の言葉によって、この岬はどこかゴシックで宗教的で荘厳な印象を与えられています。

 

「私」は水泳の練習のために来た岬で、書生のオコタンや母親の目を盗んで岬を探検しにでかけます。

すると、たどり着いた廃屋からオルガンの音が聞こえてきます。さきほど引用した部分の「オルガンの音」がそうです。

そのオルガンを弾いていたのは20歳に満たない美しい少女。「私」は少女と、それからその廃屋にやってきた少女の知り合いである青年と、岬の先まで散歩にでかけます。

そこではみんなでかくれんぼをし、鬼になった少年は、背後から「高貴な鳥の呼び声」に似た「荘厳な美しい声」「悲鳴に似た短い叫び」を聞きます。

「私」は二人を探しますが見つかりません。

 

はっきりと書かれてはいませんが、おそらく二人は心中したのではないのかと思います。

「私」はこの出来事を「一つの真実」として、激しく記憶しました。

 

ところで三島由紀夫には「英霊の聲」と「月澹荘綺譚」という海に関係した怪談があるのですが、どうにも三島由紀夫にとって海と死というのは深く結びついているのではないか、というような気がします。

 

三島由紀夫集 雛の宿―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

三島由紀夫集 雛の宿―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

 

 

山とちがって海から私は永く惹かれて求めえなかったものの源を、見出したように感じた。

 

「岬にての物語」の中にもこうありますが、三島由紀夫は「海系」神秘主義者じゃないのか、と思います(ちなみに「山系」は泉鏡花だったり仏教徒だったりします)。

「永く惹かれて求めえなかったもの」とは何かということは、はっきりとはいえませんが、手に入れることのできない神秘的なもの=心惹かれる抽象(そしておそらくそれは頽廃的で悪魔的なもの)のことを指しているのだと思います。

海は「産み」に通じ、母なるものとも称されますので、海にそうした「生と死」の神秘を見出していてもおかしくはありません。

 

人間が音楽を頼りに「奥」へ進み、隠された怪しげなもの神秘的なものに会うという形は、例えば日本の古典作品によくあるパターンです。

例えば『松浦宮物語』では、氏忠が琴の音を頼りに秋草の中をさまよいながら進んでいった結果、華陽公主との恋愛へと物語は発展していきました。

 

松浦宮物語 (岩波文庫)

松浦宮物語 (岩波文庫)

 

 

この形は谷崎潤一郎も踏襲していて、「少年」の中ではピアノの音を効果的に使っています。

 

刺青・秘密 (新潮文庫)

刺青・秘密 (新潮文庫)

 

 

聖書でも、終末にはラッパが鳴り響くという風に書かれていることですし、和洋問わず神秘的なもの、隠されたものとの邂逅には音楽がつきものなのだと思います。

 

三島の場合、オルガンは文章中の「弥撒(ミサ)」「祈禱」などの語にも響き合って、バロックな宗教的雰囲気を作り上げています。

 

彼等は、私にからまっているキラキラした蜘蛛の糸を無理強いにとり去ったけれど、蜘蛛の網とみえたのは実はかげろうのそれのような脆美な私の翼であった。

 

人の死とは、頽廃的で悪魔的なものは正常な人間にとっては「蜘蛛の糸」ですが、三島由紀夫にとっては「翼」であって「一つの真実」なのです。

三島由紀夫という人間がどういう人間なのかがわかる短編なのではないかと思います。

こういう少しホラー感のある作品、好きです。

君の名は。〜記憶と糸〜

君の名は。」を見てきました。 

 

いろいろなことを思ったので、とりあえず覚えている限りで感想のような考察のようなものを書きなぐってみたいと思います。ぼくは映画については門外漢なので、手法云々は他の人に任せておいて、さしあたり内容やメッセージについて書きます。

ネタバレしていますので、まだ見ていない方はよろしくお願いします。

 

 1、記憶の文学

 

少し話はそれますが、ぼくは「記憶の文学」という系譜があると思っています。

昔、記事でもちょっとだけ書いたのですが

kamisino.hatenablog.com

記憶していること、あるいは追憶することが死者の鎮魂、すなわち祈りとなり、精神的な結びつきが行われる、という主題のもとに書かれた作品群をぼくは「記憶の文学」と呼んでいます。

ここでは覚えている、思い出すということが、生きている人間が死者と交信する唯一の手段といえます。

具体的な例を挙げるとすれば、井上ひさし『父と暮らせば』、小川洋子の諸作品、村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』、舞城王太郎『短篇五芒星』、いとうせいこう『想像ラジオ』などです。

そしてこれらの物語は、主に災害の死者の魂との交歓を描いています。それは例えば戦争であったり、震災であったりします。

はじめにいってしまえば、ぼくはこの「君の名は。」もこうした記憶の文学の一つだと考えました。

そのことについて、もう少し話してみたいと思います。

父と暮せば (新潮文庫)

父と暮せば (新潮文庫)

 

 

密やかな結晶 (講談社文庫)

密やかな結晶 (講談社文庫)

 

 

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

 

 

短篇五芒星

短篇五芒星

 

 

想像ラジオ (河出文庫)

想像ラジオ (河出文庫)

 

 

 

2、糸と結び

 

この映画には、呪術的な要素がたくさん出てきます。岐阜県の民俗はとりあえずわきに置いて例をあげれば、三葉の巫女としての振る舞いをはじめとしたより紐、口噛み酒、お参りなどです。

特に「糸と結び」についてはこの物語の主題と、文字通り絡んでくる部分となってきます。

基本的に三葉は、糸を紡ぐ者として描かれています。物語に即していえば、関係を結ぶ者であるともいえます。

「糸と結び」のテーマは、瀧と三葉をつなぐことになる三年前の紐やより紐などわかりやすいもの以外にも隠れています。

冒頭、瀧と入れ替わった時に、アルバイト先で先輩の服が切られ、それを三葉が繕うというシーンがありました。あそこは象徴的な部分で、そのことをきっかけに瀧(三葉)と奥寺先輩の距離感は近づいていきます。三葉が関係を紡いだのです。

また、三葉は髪の毛を三つ編みにしていますが、瀧が三葉に入っている時は、髪はボサボサのまま登校していたとのことでした(もっとも、瀧も入れ替わりを重ねるごとに、髪を結ぶようになって「結ぶ者」としてのスキルを上昇させていきます)。

途中、彼女が断髪する場面がありますが、そこで一時瀧と三葉は入れ替わりが起こらなくなります。これは失恋であり、関係の切断であるともいえます。

つまり、髪を結べなくなることが、関係を結べなくなることに直結しているため、この描写も「糸と結び」という主題の象徴であるといえます。

 

物語の中には、教師が万葉集の歌を教えているシーンがありました。以下の歌です。

 

誰そ彼とわれをな問ひそながつきの露に濡れつつ君待つわれそ

 

意味としては、「あなたは誰、と私に問わないでください。9月の露に濡れながら、あなたのことをお慕いしている私なのですから」くらいになります。

もちろん、この和歌は今後の展開の暗示になっています。先に述べておけば、タイトルでもある「君の名は。」という、名前を問う行為、名前を知られるということは、魂の交歓であり、婚意とも結びついてきます。

ところで、万葉集には糸と結びの歌が存在しています。

 

ふたりして結びし紐をひとりして我れは解きみじただに逢ふまでは

 

意味合いとしては、「また会う日まで紐をひとりで解かないでください」ということなのですが、当時から紐を結ぶという行為は、愛を誓い合うということを意味しています。

そもそも「結ぶ」という言葉自体が、「苔むす」の「むす」や「産(む)す」のように、生命の誕生、契りを意味するような言葉が語源となっています。「虫」「蒸す」も、その熱量から生命のうねりを感じさせる同語源です。

同じものを体内に入れるという「共食」という概念である口噛み酒をしたり、あの世とこの世を往還したりする呪術的イコンをもつ三葉は、同じく呪術的な意味で「結ぶ者」としての役割をもになっています。

先ほども述べたとおり、そうした「結ぶ者」としての役割を、三葉は髪の毛を切るという象徴的行為によって放棄します。

そこで新たに「結ぶ者」としての役割をになうのが瀧なのです。

では一体、瀧はどんな糸を紡いだのでしょうか。

それは、「記憶の糸」です。

記憶の糸をたぐり寄せて紡ぐことによって、三葉と瀧はまた結ばれることとなるのでした。

ちなみに二人があの世とされている場所で出会うのは、イザナギイザナミの物語を下敷きにしていると思われます。あの場面はあくまで、死の世界における出会いなのです。 

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3、物語の構成

 

ここで少し話をそらして、物語の構造についてちょっとだけ考えてみたいと思います。大きく分けて二つのトピック、「父殺し」と「村上春樹」です。

後者については、根幹と関わってくる部分なので、まずは本筋とはあまり関係ない「父殺し」について書きます。

物語の類型として、「父殺し」の物語というのがあります。簡単にいえば、少年や少女が父親を擬似的に、あるいは実際に「殺す/超える」ことによって成長を表現するという方法です。

この「君の名は。」も少し変則的な父殺しの物語でした。

終盤、三葉の祖母や父親が入れ替わりを経験していたことをほのめかす描写が出てきます。そのうち、父親については妻を失っています。もちろん、父親にも瀧や三葉のような物語があったかどうかはわかりません。

しかし、三葉の父親と瀧の関係はどうやら鏡写しになっているということはわかります。

さらに、父親は町の権威であり、呪術的行為(神社をつぐこと)を諦めた存在でもあります。

そんな彼を二人して説得し、大団円を迎えるという仕掛けは、父親の物語を塗り替えることとなり、結果「父殺し」の物語として機能することとなります。

 

もう一つ、「村上春樹」についてですが、昔から新海誠監督と村上春樹の影響については各所で述べられていました。

まず構造についてですが、村上春樹は『海辺のカフカ』『1Q84』などの作品で、二つの世界を同時進行させる手法を取っています(例えばフォークナーの『野生の棕櫚』などもありますが、ここでは村上春樹の手法としておきます)。

君の名は。」も二人の世界が同時進行的に語られます。

次に内容についてですが、先ほども述べたように、村上春樹は「記憶の文学」の書き手としてぼくは認識しており、特に震災についての祈り方を『神の子どもたちはみな踊る』で描いています。

ここでの震災とは、1995年の阪神・淡路大震災です。この年は加えて地下鉄サリン事件が起きた年でもあり、村上文学においても一つのターニングポイントとなっています。

村上文学において「も」といったのは、大きな枠組みとしてもこの年は一つの転換点であり、同じく村上春樹を下敷きにすえるアニメ『輪るピングドラム』などでも、象徴的に扱われています。

実は「君の名は。」にもこの1995という年代が登場していました。終盤、部室に飾られている額に、一瞬だけですがこの年が書かれているのが思わず目に止まりました。これは確実に意図して書かれていると思います。

震災の記号1995、村上春樹、彗星が衝突して町が一つ消し飛ぶという自然災害。

ここから導きだされるのは、「東日本大震災」です。

つまり、この「君の名は。」は単なるボーイ・ミーツ・ガールSFとしての側面以外に、ポスト震災を生きるものの祈りが、記憶するという祈り方が描かれているのではないかと、いうことになります。

 

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4、なぜ二人は出会ったのか

 

今までの新海作品では、二人は出会えないままということもありえたでしょう。しかし、この作品では、瀧と三葉は時を越えて再会を果たします。それはなぜかといえば、主題が記憶による死者との対話だからです。

はじめに述べたように、生者が死者と交歓するためには、死者を思い出すこと、記憶すること、忘れないことが必要です。

瀧は一度となく三葉のことを忘却します。三葉は三年前に自然災害によって死んだ人間です。彼女のことを忘れてしまっては、当然出会うことはできませんし対話もできません。

しかし、瀧は彼女を思い出します。

忘却しないこと、記憶することが死者との対話となるということを語る「記憶の文学」の性質上、二人はどうしても会わなくてはいけないのです。

もちろん、それは二人による「結び」の効能でもあります。

「記憶の糸」によって結ばれた二人が出会わなければ、「記憶の文学」としてのメッセージが霞んでしまうのです。

二人の物語であると同時に、この物語は死者(特に震災被害者)のことを忘却することなかれという意味合いも込められています。記憶によって結ばれることで、生きているものは死んでいるものと出会うことができるのです。

 

そうした大枠での「記憶の文学」と「SFボーイ・ミーツ・ガール」が二重構造として立ち現れてくるのが、この「君の名は。」の最も面白く、そして切実なところなのではないか、とぼくは思います。

表層的に見てもこの映画はウケる映画です。これだけの興行収入をあげているのがその証拠です(実際見に行った時もレイトにもかかわらず満席でした)。

そうしたエンタメ的な面白さに、ポスト震災/記憶の文学の主題をかなり純粋化した形で練りこんでいる君の名は。」は、とても巧妙だと言えるのではないかと思います。

 

くどくどと述べてきましたが、細かい部分で覚えていない部分があったりするので、また小説を買って読みなおしたり、映画館に足を運んでもう一度見てみたいと思います。

何はともあれ、めっちゃ面白かったというのが一番の感想です。

RADWIMPSもはまっていたと思います。ぼくも来世はイケメン男子に生まれ変わりたい。

君の名は。(通常盤)

君の名は。(通常盤)

 

 

日本ホラー小説大賞(おすすめのホラー小説:2016夏)

こんにちは、かみしのです。

 

夏になりましたね。夏といえばホラー小説ですね。そういうわけでそんな夏にうってつけの文学賞日本ホラー小説大賞について、今回は書いてみたいと思います。

ぼくはこの文学賞の作品を読もうという企画をひとりでやったことがあって、第20回までの受賞作品は全部読みました(第23回まで実施されています:2016年現在)

そんな作品の中で特に面白かった作品を紹介しようというのが、今回の目的です。

 

そもそも日本ホラー小説大賞とは何か。wikipediaから引用してみましょう。

 

1994年、角川書店とフジテレビによって、「同じ時代を生きている全ての読者と、恐怖を通して人間の闇と光を描こうとする才能豊かな書き手のために」をコンセプトとして設けられた。

第2回から第18回までは、長編部門と短編部門に分けて募集され、それぞれ長編賞と短編賞が授与された。また、両部門の中でもっとも優れた作品が大賞に選出された。第19回以降は、大賞、優秀賞(佳作)のほか、一般から選ばれたモニター審査員が選ぶ読者賞が選出される。

大賞受賞作品は、角川書店より単行本として刊行され、読者賞受賞作品は、角川ホラー文庫より刊行される。フジテレビによりテレビドラマ化、映画化・ビデオ化される場合もある。

 

ということで、本屋の角川文庫のところに行くと背表紙が真っ黒で異様なエリアがあることに気付くと思うのですが、その角川ホラー文庫の一端を担っている文学賞日本ホラー小説大賞です。

ひとえにホラーといっても、幽霊ものから妖怪もの、サスペンス、不条理ものとひろく「恐怖」を扱った小説を取り揃えています。有名どころでは道尾秀介石田衣良、『バトルロワイヤル』などが、この賞で候補に残っていたりします。

 

前置きはこれくらいにしていくつか作品を紹介していこうと思います。

 

第2回 短編賞 小林泰三玩具修理者

コズミック恐怖度★★★★★ 

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

玩具修理者 (角川ホラー文庫)

 

クトゥルフ神話の伝承者として有名な小林泰三のデビュー作。表題作はばりばりのクトゥルフ作品。どんなものでも修理してくれる謎の存在「ようぐそうとほうとふ」と弟を死なせてしまった女の子の邂逅。スティーブン・キングの『ペット・セマタリー』やジェイコブスの『猿の手』を彷彿とさせる。同時収録の「酔歩する男」はタイムトラベルSFの傑作、かつコズミックなホラー。想像力に訴える作品で、かなり怖い。

 

 

第4回 大賞 貴志祐介「黒い家」

サイコ恐怖度★★★★★

黒い家 (角川ホラー文庫)

黒い家 (角川ホラー文庫)

 

悪の教典』や『新世界より』でおなじみの貴志祐介のデビュー作。恐怖で渇いた笑いと少しの涙が出た。〈心がない〉シリアルキラーの話。保険金殺人という、実際に起こりうる題材なのが、よけいにたちが悪い。現実世界にも大量殺人鬼は存在するけれど、描写が真に迫っているのは貴志自身が保険会社に働いていたからか。隣人がサイコパスだったら、電車で後ろに並んだ人がシリアルキラーだったら、そんなことを考え始めると何も信じられなくなる。映画版『ヒメアノ~ル』に似たひりひりした恐怖。

 

 

第4回 短編賞 沙藤一樹「D‐ブリッジ・テープ」

グロテスク恐怖度★★★★

ゴミ捨て場に捨てられた少年の一人語りで物語が進行していく。ほぼ全文が会話文で構成されていて、短編賞ゆえにそれほど長くなくさっくり読める。その割に、かなりに気持ち悪さと後味の悪さを残してくれる。救いが全くない。虫や鳥を「調理」して食べる場面は、思わず顔を顰めてしまう。少年の過酷な生活を吹き込んだD‐ブリッジ・テープとそれを茶化しながら聞く大人との対比に胸が痛くなる。

 

 

第6回 大賞 岩井志麻子「ぼっけえ、きょうてえ」

怪談恐怖度★★★★

ぼっけえ、きょうてえ (角川ホラー文庫)

ぼっけえ、きょうてえ (角川ホラー文庫)

 

「ぼっけえ、きょうてえ」とは岡山弁で「とても怖い」の意で、どの作品も岡山弁を駆使して書かれており、独特のねちっこい雰囲気が醸されてる。表題作は「妾」の一人語りで物語が進行し、暗い半生を吐露しながら、驚愕の事実が明らかに――というところで幕が閉じられ、気持ち悪い後味が残される。四十数ページの短い話の中でしっかりと伏線を張り、回収し、且ついい知れぬ恐怖を残す岩井さんの手腕は見事であると言わざるを得ない。

 

 

第8回 長編賞 桐生祐狩「夏の滴」

伝承恐怖度★★★★

夏の滴 角川ホラー文庫

夏の滴 角川ホラー文庫

 

〈授業中に京極夏彦を回し読み〉するような不気味な子供たちが、失踪した友人を見つけるために東京に向かう、という場面から始まり、物語は思わぬ方向へ。 ミステリー仕立てで、ぐいぐいと読ませてくれる。ライトノベルのような軽い文章ながら、テーマはいじめ、差別となかなかエグく、読んでいて辛くなってくるし、後味も悪い。大人は汚い。八重垣という登場人物だけが終始魅力的。閉鎖的な民間伝承ものは独特の雰囲気がある。

 

 

第10回 大賞 遠藤徹「姉飼」

世界観恐怖度★★★★★

姉飼 角川ホラー文庫

姉飼 角川ホラー文庫

 

縁日の屋台で串刺しになった女性「姉」を見つけ、それに魅入られていく主人公の話。発想が狂っていて、物語ではなく世界観に恐怖を感じる。筋肉少女帯の「再殺部隊」にも似た世界は、そのほかの収録作品、たとえば「ジャングル・ジム」などでもいかんなく発揮されている。遠藤さんに話を聞いたことがあるが、姉飼のイメージはカットアップのような方法で得たという。純文学を志向していたらしく、他の受賞作とはちょっと違った読み心地である。

 

 

第10回 短編賞 朱川湊人「白い部屋で月の歌を」

哲学的恐怖度★★★★★

白い部屋で月の歌を (角川ホラー文庫)

白い部屋で月の歌を (角川ホラー文庫)

 

直木賞作家朱川湊人のデビュー作。表題作は構成、文章が秀逸で、短編賞受賞作の中でもレベルの高い作品だと思う。しかしそれ以上に同時収録の中編「鉄柱」が印象に残る。村の中心にそびえたつ、自殺用の鉄柱。安楽死や自殺についていろいろな考えが浮かんでは消えてきて、そのまま道徳の教材にでも使えそうな作品。森鴎外の「高瀬舟」に逼迫するといっても過言ではない傑作だとぼくは思う。同じ作家の短篇集『都市伝説セピア』もおすすめ。

 

 

第12回 大賞 恒川光太郎「夜市」

ファンタジー度★★★★★

夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)

 

この作品をおすすめめしたいからこの記事を書いたようなもの。幻想的な一節から始まる「夜市」は、簡素な文体で書かれたホラーファンタジー。短いながらも、落ちの利いた構成や落ち着いた文章は大賞にふさわしい。そしてそれ以上に傑作なのは、同時収録の「風の古道」。「夜市」の不思議な世界観はそのままに、ほろ苦さを倍増させた作品で、驚くべき仕掛けも施されており、読後感かなりよい。漫画化もしている。ジブリの世界のように、いつまでもこの世界にとどまっていたいと思わせる世界観の作り方といったら恒川光太郎の右に出るものはなかなかいないのではないかと思う。

 

 

第14回 短編賞 曽根圭介「鼻」

不条理恐怖度★★★★

鼻 (角川ホラー文庫)

鼻 (角川ホラー文庫)

 

「暴落」「受難」「鼻」の3編が収録されており、どの作品も質が高くかつ方向性が違っているので一冊で三回分おいしい作品集。「暴落」は「世にも奇妙な物語」テイストの短編で「あいつも株をあげたね」の「株」が本当に株で、その価値によって当人の価値も決まる世界だったら、という発想の作品で、落ちも綺麗にまとまっていた。こういう理詰めの作風が得意なのかと思いきや次の「受難」は、安部公房の『友達』を彷彿とさせる不条理小説。受賞作の「鼻」もまた奇妙なミステリー仕立ての作品。

 

 

第15回 大賞 真藤順丈「庵堂三兄弟の聖職」

愛度 ★★★★★

遺体を加工して遺品を作り出す「遺工」を生業とする和製エド・ゲイン、正太郎と二人の弟を巡る生と死と暴力のお話。解体加工の描写は工芸品の制作過程を見ているようで、グロさも感じない。「ウカツ。また死体と一緒に寝てしまった」という、奇を衒ったかのような冒頭からは想像できないような、アツい話だった。テーマは「繋がり」終盤の赤ん坊の声や、最後の毅巳の口調には心を打たれる。グツグツとした狂気を、ミステリーやユーモア、ハードボイルドのスパイスで味付けをした、いわゆるメフィスト系風味の家族小説。人はどういう形であろうと、繋がることができる。平山夢明の解説も素敵。

 

 

第15回 短編賞 田辺青蛙「生き屏風」

ほっこり度★★★★

生き屏風 角川ホラー文庫

生き屏風 角川ホラー文庫

 

背筋が凍るような恐怖こそないけれど、主人公の皐月をはじめとした魅力的な登場人物と不思議な世界観によって瞬く間に惹き付けられてしまう。ホラーというよりは、ほのぼの系妖怪譚。続編も出ていて、ほろ苦いライトノベルのような読み心地。作者の田辺青蛙さんは芥川賞作家である円城塔の奥さん。夫婦そろって奇妙奇天烈な世界観を提供してくれる。

 

 

第17回 長編賞 法条遥「バイロケーション」

形而上的恐怖度★★★★

バイロケーション (角川ホラー文庫)

バイロケーション (角川ホラー文庫)

 

SFミステリーのような読み心地。ホラーとしては新感覚で、目を閉じているときに世界は存在するのかとか、哲学的ゾンビとかを考え始めたときのぞっとする感情を描いた、言うなればフィロソフィカル・ホラー。もしも中身も外見も人間で、それにもかかわらず別の人間として存在しうる「自分」がいたら。哲学的ゾンビ以上に人間と遜色ない幻が存在したら。その幻がオリジナル以上にオリジナルに相応しかったとしたら。後味が切なすぎる。どうでもいいけれど「テイルズオブジアビス」を思い浮かべた。

 

 

第17回 短編賞 伴名練「少女禁区」

きゅんきゅん度★★★★★

少女禁区 (角川ホラー文庫)

少女禁区 (角川ホラー文庫)

 

あほみたいな指標だけど、これがめっちゃ胸がきゅんきゅんとするわけなのです。村で悪魔のように扱われている少女とその呪いにかかった男の子の話。『化物語』シリーズに通じるところもある。因習的な怖さもあるのだけれど、それ以上に少女が魅力的で、ライトノベルになった谷崎潤一郎江戸川乱歩のよう。読み終わった瞬間におおおおおおおと声を上げること請け合いの作品である。伴名練は最近SFの分野で名前が売れてきている。どんどん有名になってほしい。

 

 

第18回 長編賞 堀井拓馬「なまづま」

べちゃべちゃ恐怖度★★★★

なまづま (角川ホラー文庫)

なまづま (角川ホラー文庫)

 

異臭を放ち、嫌悪感を催すヌメリヒトモドキを飼育し、死んだ妻を生き返らそうと試みる、静かに狂った男の話。まとわりつくような気持ち悪さのある作品だが、それ以上に悲しい作品。愛はどこまで人を狂わせてしまうのか。人間の描写が上手なだけに、(もしかしたら著者と年が近いからかもしれないけれど)妻との思い出語りは胸にくるものがあった。それだけにオチは残酷。確かに文章はくどいけれど、何かしら心に深い傷跡を残してくれる小説だと思う。

 

 

第20回 優秀賞 倉狩聡 「かにみそ」

ドラえもん度★★★★

かにみそ (角川ホラー文庫)

かにみそ (角川ホラー文庫)

 

長編賞と短編賞というくくりではなく、優秀賞と読者賞というくくりになって以降(個人的に)唯一の傑作。蟹がかわいい。蟹(雄)×私(男)の友情物語。蟹の属性はドラえもん系妹科。とにかくかわいいのだ。落ち込む主人公にペットボトルの水とか持ってきちゃうし、大きなはさみで背中とかさすっちゃう。あまりのかわいさに主人公はついに蟹に手を出してしまう。全ての生物にとって生きることとは食べることだ。そこに倫理を持ち込むのは、人間だけだ。そういった枠組みは結構王道だけど、その王道をこうアレンジしたかと感心させられる。宮部みゆきも選評で仄めかしていたけど、ホラーの読後感というよりも、むしろちょっといいBLを読んだ後のような、やるせない気持ちになる。「百合の火葬」からは筆者の力量が伺える。夏目漱石の「夢十夜」が頭を掠めた。心がきゅっとなる名作だ。

 

 

以上、第1回から20回までの個人的なおすすめを書いてみました。

ホラー小説はもちろん日本ホラー小説大賞角川ホラー文庫以外にも無限にあるわけだけれど、とりあえずの足掛かりとしてこんな小説たちにふれてみてはどうでしょう。

 

ひやっとしたいときにおすすめです。

男のメンヘラは生きる道がない。

アイドルが刺されたニュースをみた。

犯人のツイートを見た。ぼくの脳内には血にまみれたぼくがいた。

 

ぼくは4月に仕事を辞めた。その理由についてぼくは何度も考えてみた。直接的な原因、つまり引き金となったのは2015年の夏に言われた「君の仕事には意図がない」という先輩の言葉だった。夏休み、そのほとんどを返上して仕事をしていた。帰るのは終電だったし、朝も始発に近い時間に電車に乗り込んでいた。そういう仕事に追われた生活が、「かみしの」を月食のように欠けさせていった、もしくは変容させていったのは間違いない。そうやって積み重なってきたものが、彼の言葉で壊れた、というよりあふれたのだと思う。

 

ぼくは大学生のときに、「文芸同好会」を作った。なぜかと言われれば、それしかなかったからだ。

ぼくは中学の時に野球をして、高校では吹奏楽をして、大学ではテニスサークルに入った。ぼんやりと、そういうものに触れたいという気持ちはあった。けれど、本当はどうなんだと落ち着いて考えたときに、どれもぼくは別に好きではなかった。

決定的なのは、ぼくは努力が苦手、というよりできないということ、そしてスポーツ神経や芸術的センスが皆無ということだ。

努力ができない、というのはすぐ思考が散らばるからだ。発達障害や分裂症なのではないか、と本気で悩んだ時期もあった。

どれひとつとして、ぼくは熱意をもって取り組まなかった。

情熱、というものがぼくの人生には確実に欠如していた。知識を持つ、ということだけが、ぼくの情熱のわかりやすいパラメーターになった。吹奏楽について、ぼくは練習よりも、熱心に吹奏楽の曲を聞くことを選択した。できるだけ多く、網羅するように聞いた。

知っている、知る意欲がある。それが欠けている情熱を補填する「ポオズ」だった。だった、というと語弊がある。今でもそうだ。

 

やっと話が戻るけれど、そんななにもない「ポオズ」だけのぼくにでもできそうだと思ったのが文学だった。

ぼくは文学部に所属していた。でも、大学にも学部にも、情熱はなかった。

 

そのあたりのことも少し書いておけば、高校時代、ぼくは京都に行きたいというぼんやりとした思いだけあった。それは、源氏物語が好きという「ポオズ」が高3のぼくを形作っていたからだ。本当を考えたとき、ぼくは別に源氏物語を好きではなかった。好き、というキャラクターを作りたかっただけだった。こう書くと中二病の一環と思われそうだけど(実際そうなのかもしれないけれど)、自覚としてはそうではない。

外部に、そういうキャラ=物語を求めていたのだと思う。何にも熱中できないから、何か「好き」なものを探すことで、ある種のキャラを作ってそこに憑依する。

 

また、母校には「授業をきる」という言葉があって、定期的に、そして計画的に授業をさぼっていた。コンビニにいったり、部室でポーカーをしたりしていた。先生に見つかったときも、笑って許してくれたので、自由な高校だったのだと思う。

ぼくが積極的に「きった」のは数学の授業だった。理由ははっきりしない。たぶん先生が嫌いだったとか、国語好き(というキャラ)をもって任じていたからだとか、そんなものだと思う。もちろん自習もしないので、数学の成績はがたがただった。

高3になっても周りは自由で、いわゆる受験戦争のようなぎすぎすした空気はどこにもなかった。これは誇張でもなんでもないのだけれど、ぼくが私立大学と国公立大学の違いを知ったのは、高3の冬くらいだった。旧帝大早慶くらいしか大学の存在を知らなかった。それはぼくが大学というものに全く興味がなかったからだった。

親や教師と話した時も、別に進学でも浪人でもなんでもよかった。

ただ、ぼくは「源氏物語好きキャラ」を守るため、そして数学が苦手だったため、そういうつまらない理由のみでなんとな大学進学と志望学部を選んだ。赤本を買ったのもセンター試験のあとだった(しかも買っただけで開いてもいなかった)。買ったのも、「ポオズ」だった。

 

当然、文学部には文学好きがたくさんいた。ぼくにはなんの熱意もなかった。夏目漱石森鴎外芥川龍之介の違いもわからなかった。

テニサーに入った。それはテニサーが大学っぽいと思ったからだった。ただしぼくは夏までにはサークルを抜けることになる。勧誘を断れず二つのサークルをかけもちして、制度上どちらかをやめるように迫られたからだった。ぼくは二つともやめた。

 

大学一回生の誕生日、ぼくは知り合ったばかりの友人から文春文庫の『太宰治作品集』をもらった。

いまでも鮮明に覚えているのは、「斜陽」をよんだときの衝撃と、ぼくの心を代弁しているかのような太宰の語り口だ。

この太宰の文章を読んで、ぼくは「これなら僕にもできるんじゃないか」と思った。

 

「ポオズ」ばかりだった、と述べてきたけど、この太宰治が好きという気持ちだけは本当だと思いたい。新潮文庫で刊行されているものを読み、新潮版ではもれているエッセーを読むためにちくまの全集を買い、書簡や対談などを読むために図書館にこもった。太宰の批評も読んだし、写真や他人の回想録の類も舐めるように見た。

 

この人はぼくだ、と本気で思っていた。太宰治はぼくで、ぼくは太宰治で、太宰治はぼくだけのために書いている、と錯覚した。源氏物語なんかより、よっぽど好きだった。

ぼくは卒論で源実朝金槐和歌集』を取り扱ったけれど、それは太宰治が『右大臣実朝』を書いていたからだ。どうして太宰の作品そのもので書かなかったかと言えば、太宰がぼくにとって「かみさま」だったからだ。触れてはいけない。あるいは近づきすぎることで嫌いになったらどうしよう、といった不安があったからだった。

 

こうしてぼくは文学の面白さに飲まれていった。『太宰治作品集』をくれた友人とともに、文芸同好会を作った。この会についても、またどこかで書こうと思う。

最初は3人だったけれど、卒業するころには旅行で中型バスをチャーターするほどの規模になった。旅行でいった福井からの帰りのバス、最後部座席に座ってバス全体を見ながら、ぼくはしあわせだな、と実感した。

 

大学時代、ぼくはむさぼるように本を読んだ。一日に三冊は読んでいたと思う。

今、胸に手を置いて考えてみると、これも「ポオズ」だったのではないか、と思ってしまう。はたして小説をあんなに読んで手に入ったものは何だったのか。それは「文学好き」というキャラだけではないか。会長としてサークルにいたころは、そんなキャラも役に立った。でも、今、こうして所属するものがなくなってからは、虚無しか感じていない。読む、読む、読み続けるということが自己形成になっていた、のではないだろうか。

一方で、本を読むのが好きだという気持ちも、本心だった。

「ポオズ」と「本心」とそれを二律背反として認識する上位のぼく。

大学時代に、こういう分裂の兆しがあったのだと、いまさらながら思う。

 

キャラの問題でいえば、ぼくの大学で形成されたキャラは「文学好き」と「ロキノンセカイ系」だった。

ロキノンセカイ系」について書いておく。

きっかけはツイッターだった。当時、まだ「かみしの」ではなかったぼくは、高校の友人から「かみしのくんってなんかロキノンセカイ系」っぽいというリプライをもらった。「セカイ系」というスキームはぼくの中に存在していなかった。けれど、存在を知った。そうすると、ぼくは確かに、ロキノン、だったりセカイ系、だったりサブカルなどと呼ばれるグループの人たちと似たような感性をもっているようだと認識した。

すべては卵が先か鶏が先か、という話なのだけれど、このリプライをもらってぼくは「セカイ系」を認識したうえで振る舞うようになった。

 

ぼくには夢があった。

それはある仕事に就く、という夢だった。

結果から言えば、ぼくはその仕事についた。

 

大学四回生のとき、ぼくは進路に迷った。

ひとつは院への進学、ひとつはその職業への道。

正直に言って、ぼくはその仕事への夢が薄れていた。中学生の時、確かにあこがれていた職業だった。けれど、アルバイトでバイト先の店長から「きみにはそういう仕事についてほしくない」と揶揄されるほど、ぼくは適していない人間になってしまっていた。

一方で、院へ進めるほど自分は文学に詳しくない、と自問してもいた。もっと言えば、ぼくは卒論を書くにあたって文学研究のしょうもなさに辟易してもいた。専門が和歌だったからかもしれない。

 

この瞬間、ぼくは高3に戻っていた。

文学が多少人よりも好き、というアイデンティティしかぼくにはない。起業するスキルも海外進出のコネも文学研究をする力もぼくにはない。ESだって一枚も書いたことはない。情熱がない。ただ、周りがスーツで講義を受けることへの反抗心から髪の毛を赤く染めた「セカイ系」のぼくには、社会に出たくない、という強い拒絶の感情だけがあった。

結局ぼくは、明確な意図なしに、形骸化された夢にすすむことになった。

 

ぼくがその職場で過ごした二年はどうだったのか、とぼくは問う。

客観的にいえばまず仕事はよくできたと思う。さらに、同僚との関係も悪くなかったと思う。

けれど、仕事という時間と人格の浸食に「かみしの」は悲鳴を上げていた。

本が好き、しかないぼくはその時間が奪われたとき、何もなくなってしまう。

 

仕事には常に負い目があった。それはぼくが本当になりたいという意図をもってなったのか、という自問だった。

仕事を本当に楽しいと思うぼくと、楽しいと思い込むぼくと、逃げたいと思うぼくと、「ポオズ」なのかどうかもわからないくらいアツく同僚と語るぼくと、それらすべてが別の人格で、すべてがキャラ=ポオズなんだと判断し、カテゴライズする上位の「かみしのα」が分裂していた。

 

「意図がない」という先輩の言葉は、いわゆるパンチラインだった。『人間失格』で竹一がいう「わざ、わざ。」と同じ威力をもって、ぼくを粉砕した。

 

同時期にいろいろなことがあった。

ほんとうにいろいろあった。

それらのことに、ぼくは未だに折り合いをつけることができないでいる。だから、ここでは触れない。それはとても根源的で、かなしくてせつない事柄だからだ。

 

秋ごろから、電車をみれば飛び込もうとしていた。

すべてが灰色になっていた。

けれど、「かみしのα」がそれを許してくれなかった。死ぬのも、生きるのもポオズだ。そう彼は言っていた。ぼくの言葉、行動、思考、なにもかもを彼はカテゴライズした。キャラとして扱った。

いままで読んだ本、見た映画、触れた物語のデータベースが彼を生んだのだと思う。お前の行動はすべて予測されており、或いは書かれており、すべての結末はありがちだ、と彼はぼくにささやき続けている。

 

外のものを視るときもそうなっていた。

リスカの画像、自殺、ドラッグ、セックス、社会思想、短歌、文学、音楽。

まったく特別には見えなかった。すべては既知、そしてくだらないものだとかみしのαはささやき続けている。

 

ぼくは統合失調症ではないしボーダーでもない。心療内科医によれば、これは「性格」だそうだ。

つまり、いくら処方された薬を飲んでも治らない。

 

25年生きてきたけれど、未だにぼくがどこにいるのかわからない。

はたして、どれがほんとうのぼくなのかがわからない。どれかを本物だと思おうとすると、あるいはすべてはぼくの「部分」であって、どれか一つに決めることなんてできないんだと悟ろうとすると、「かみしのα」は、でもそんなのポオズだよね、とつぶやく。

 

どうやったら彼を殺せるのか。

 

決められた物語というのは、救いだ。

 

刺されたアイドルはぼくであって、刺した人間もぼくだ。

 

ぼくは30代になる前に「かみしのα」を殺せなかったら死のうかな、とぼんやりと思っている(もちろんこれもカート・コバーンや太宰の真似、ポオズ、キャラだとかみしのαは言っている)。

 

ぼくは社会に参入できない。建前と本音をうまく使い分けられない。大人になれない。すべての行動が監視されて、常に嘘だ嘘だと言われている。

なにかをしようとするとき、「本当にお前はそんなことを言える/できるほどの人間か、嘘ではないのか」と言い続ける。

 

こんな長文もすべて、だれかの言葉や思想の受け売りだ。

助けてほしい。