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折れた竜骨

ここ最近はほとんどレポートをやって過ごしていた。

万葉集の東歌についてだ。万葉集の巻十四に収められた歌。東国の人間が読んだ歌だ。1000年以上昔の歌だから、そもそもどこの土地で歌っているのかが分からないものも多い。

例えば巻十四冒頭の信濃國の歌。

信濃なる須賀の荒野にほととぎす鳴く声聞けば時すぎにけり

の「須賀」は、一体どこのことなのかわかっていない。この歌はそれだけでなく、「時」の意味も様々な解釈に分かれている。例えば農耕の時期であったり、帰京の時期であったり、逢瀬の約束をした時期であったり、最近ではほととぎすの鳴き声ではないかという説もある。

詠み手についても、歌いぶりが洗練されているため、この歌は都人が詠んだのではないかという説(賀茂真淵武田祐吉久松潜一など)と、素朴な歌いぶりで民謡として歌われていたのであろうという説(契沖・窪田空穂・斎藤茂吉など)と分かれている。

ほととぎすと「時すぎ」で声調がとれている上に、詠みぶりがあまりに実直なので、僕は恐らく民謡であろうと思うのだけど、たった一首の歌をとってもこんなにも解釈のわかれているのが面白い。全注釈にかかる労力はどれほどのものだろう。

無人島にもっていく歌集を選ぶなら、僕は『万葉集』を選ぶだろう。(『山家集』も捨てがたいけど)

面白かった注釈書・参考書をいくつか。

 

防人歌の基礎構造 (1984年) (筑摩叢書〈287〉)

防人歌の基礎構造 (1984年) (筑摩叢書〈287〉)

 

東歌と防人歌の違い、防人歌の集団性を知りたい人は。

 

万葉集の鳥 (1982年)

万葉集の鳥 (1982年)

 

万葉集には鳥がいろいろ出てくるけど、それぞれの生態や歌われ方について知りたい人は。

 

万葉集全講〈上〉 (1955年)

万葉集全講〈上〉 (1955年)

 

武田先生の「東歌を疑ふ」は、東歌は東国人が歌ったものとは言い切れないことを指摘した、刺激的な論文。

 

 

万葉集の注釈はそれこそ契沖からたくさんあるけど、講談社から出てる文庫のものが読みやすいし、訳も注もついているのでおすすめか。

 

万葉集(一) (岩波文庫)

万葉集(一) (岩波文庫)

 

もしくは岩波のものもいいかもしれない。「新日本古典文学大系」を文庫に落とした内容らしく、文字も講談社より大きいので読みやすい。

入門としては角川文庫から出ている上野誠先生の本や斎藤茂吉の『万葉秀歌』は、読んでいて楽しい。

最近はなんだか万葉集ブームのようなので、ちょっと嬉しい。

 

 

授業やレポートの合間を縫って、米澤穂信『折れた竜骨』を読んだ。

 

折れた竜骨 上 (創元推理文庫)

折れた竜骨 上 (創元推理文庫)

 

米澤穂信は結構好きで、そこそこ読んでいる中では『夏期限定トロピカルパフェ事件』が一番だったけど、今回更新された。

はっきり言って、ものすごく面白かった。

世界史が好きだった人間、自分だけのワールドマップや必殺技を作ったことのある人間は間違いなくはまる。

おそらく本作の制作目的は、作中で聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士、ファルク・フィッツジョンが言うこの台詞に終着する。

理性と論理は魔術をも打ち破る。必ず。

ファンタジーのなんでもありな世界観の中で、論理的に解かれる謎。

それだけで意欲作なのだが、本作のすごいところはファンタジーとしても「お約束」を踏まえつつ、大満足の作品に出来上がっているところだ。

しかも、ミステリーとファンタジーの配合がうまい。例えば、証言者の聞き込みで島の様々なところに移動することよって、そのまま世界観が広がっていく。キャラクター作りのうまさは、米澤さんの過去作を見ても明らかだが、本作にも魅力的なキャラクターが多い。マジャル人の傭兵、ハール・エンマにはみんな惚れるだろう。戦闘シーンのアツさは、RPG好きにはたまらない。

ところどころで米澤さんの力量がうかがえる。

ミステリー、ファンタジー、中世ヨーロッパ、サラセン魔術、暗黒騎士。

好きな人はぜひ。