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『パリの憂愁』ボードレール

岩波文庫の『パリの憂愁』こそ「逃げる人」の原点であって、かつ、その苦しみを味わうことのできる文学だと思った。

 

パリの憂愁 (岩波文庫)

パリの憂愁 (岩波文庫)

 

 

 

僕がボードレールと出会ったのは、大学一回生の秋、梶井基次郎の「ある崖上の感情」についてのレポートを書くにあたって、岩波文庫『パリの憂愁』を手に取ったのが初めてだった。

そのころは文学部にもかかわらず耽美主義や悪魔主義なんてものは、まったく知らなかったし(ランボーは筋肉質な映画の主人公のことだと思っていた)、押見修造やルドンに出会う前だったから、『悪の華』すらも知らなかった。

だから僕は、仏詩についてほとんど素人で、仏詩の本を持つのすら初めて、というありさまだったのだ。

 

まず、なんとなく題がいいな、と思った。『巴里の憂鬱』もおどろおどろしくてよいけど、「愁」という字が当時の僕をくすぐった。

本当は目当ての「窓」さえ読めばよかったのだけれど、心ひかれるままに冒頭から読むと、こんな一文が目に飛び込んできた。

 

僕の好きなのは雲さ……。流れていく雲……あそこを……あそこを……あの、素晴らしい雲なのさ!/「異邦人」

 

しびれた。

金よりも、国よりも、友よりも、たゆたう雲を好む感性。そしてそれを臆面も無く言葉にする不適さ。

石川啄木の「空に吸われし十五の心」よりも、谷川俊太郎の「とんでもないおとし物」よりも先に、僕はこの雲を愛する詩人と出会ったのだった。 

レポートそっちのけで読んだ。この時期の僕は、「雲になりたい、雲になりたい」と阿呆みたいに繰り返していたような気がする。

 

この詩集には、雲に関して他にこんな詩片がある。

 

空の無窮、雲の移動し行く建築、海の移り変る色彩、灯台の灯の燦き、それらは、飽くことなく眼を愉しませるために、巧妙にしつらえられたプリズムである。/「港」

 

そして私は、食堂の開いた窓から、神が水蒸気を以て創り為した移動する建築、手の触れ得ざるものを以て組立てられた素晴らしい構造物を、とくと眺めていた。

「すべてこうした変幻極まりない象というものは、僕の可愛い恋人の瞳と、殆ど同じくらい美しいのだ。可愛い気違い女の緑色の瞳と。」

                    /「スープと雲と」

 

うつろい、霧消し、再構築され、また崩壊していく雲。そのたゆたいを、ボードレールは「移動する建築」と表現している。

実際、ボードレール時代の建物はどうだったのだろう。

19世紀半ばのパリは、二月革命の影響下、ナポレオン3世によりパリの大改造が行われていた。スラムは除去され、交通は整備され、採光のよい住宅が立ち並ぶ光の都・パリへと近代化されようとしていた。

うつろいゆく雲は、或いはパリそのものだったのかもしれない。

しかし、パリの町並みと違って、雲は手で触れることができない。

 雲はパリの仮託かもしれないが、一方ではまったく異なった性質をもったものでもある。

パリでありながら、パリでない雲。

二律背反したその空想はボードレールにとっての、ひとつの逃げ場所であったのかもしれない。

 

雲を愛する一方、ボードレールは時間に対して嫌悪感をあらわにする。

 

まさにそうだ!「時間」は再び現れる。「時間」は今や至上者として君臨する。そしてこの忌まわしい老人と共に、彼に従う悪魔的な供奉の面々が帰って来る、「追憶」と、「悔恨」と、「痙攣」と、「恐怖」と、「苦悩」と、「悪夢」と、「憤怒」と、そして「神経症」とが。

                    /「二重の部屋」

 

時間が流れることで、現在は無限に過去になっていく。新しいものは古びていく。

でも、パリはどうだろう。時間が流れ、大改造されることで古いものから新しいものになるはずではないか。ここにも矛盾がひそんでいる。

 

時間が流れることで、過去になること、未来が生まれること。

それは、こういいかえることもできるだろう。

大人になって、成長することと、消えていってしまうこと。

なんだ、この矛盾は若者ならみんな抱えるものじゃないか、とここで気付く。この二律背反こそが、モラトリアムの根源なのではないか。都市の抱える憂愁は、そこに棲む人間をも捕えて離さない。

 ここであってここでない場所。

子供であって、子供ではない時間。

変化を求めながら、一方で永遠をのぞむこと。

 このにっちもさっちもいかない状況から逃れるためには、

 

常に酔っていなければならぬ/「酔え」

 

のだ。

それは、酒かもしれないし、薬かもしれないし、女かもしれないし、文学かもしれないし、音楽かもしれないし、

 

硝子屋の姿が玄関の表口に現れるのを待って、彼の担荷の後ろ枠のちょうど真上に、手にした武器を垂直に投下した。一撃の下に硝子屋はその場に転倒し、行商用の大事な財産が、全部、彼の背中の下でこっぱ微塵と崩れ去った。水晶宮が落雷のために崩れ落ちるとでもいったような荘厳無比の響きを残して。/「不都合な硝子屋」

 

といった、美しい空想かもしれない。

酔わなくてはいけないのだ。

それこそが、

 

何所でもいいのだ!ただこの世の外でさえあるならば!

        /「この世の外ならどこへでも」

 

そんな場所を求める唯一の手段かもしれないのだ。

どこかへ逃げたいと思いながら、どうしようもなくいま・ここにとらわれてしまっている憂鬱が、この『パリの憂愁』を包んでいるような気がする。

 

ドラえもんの映画に『雲の王国』というものがあった。

ボードレールだったら、雲の上にどんな都市を築くのだろう、とついつい空想してしまう。

 

 

 

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