読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

強欲な羊

 

強欲な羊 (創元推理文庫)

強欲な羊 (創元推理文庫)

 

 第七回ミステリーズ!新人賞を受賞した「強欲な羊」を含む5編の連作短編集。

 

羊といえば、一番最初に思い浮かぶのが聖書や『三四郎』の「迷える羊」。それから、眠れないときにおなじみの「羊が一匹…羊が二匹…」っていう例の呪文。それから「メリーさんの羊」。

よく見れば、「美」という漢字や「善」という漢字にも羊は入っている。

そう考えると、なんだか、抽象的でスピリチュアルな動物にも思えてくる。

 

ミステリーということで、ネタバレは必至なのでこの本を読んでから読んでください。面白いので。よろしくです。

 

「強欲な羊」

 

ああ、よかった!お気付きになられましたのね。

 

という冒頭から、ああ、これは怖いぞ、と思った。

この形式は、例えば湊かなえの『告白』であったり、岩井志麻子の『ぼっけえ、きょうてえ』であったり、強制的に読者=聞き手が話者の会話空間にとらわれることになる。語り掛ける形式は、それだけで閉塞感と圧迫感を生む。

三遊亭圓朝でも、稲川淳二でも、ハローバイバイでも、伊集院光でも、百物語でも、ホラーは文字で読むよりも、言葉で聞いたほうが怖さは倍増する気がする。

話し手はいったい誰なのか、聞き手である「自分」はいったい誰なのか、どこなのか、どういう状況なのか、それらは明かされることなく放置され、屋敷で起こった殺人事件の話が「わたくし」によって一方的に語られていく。

 

薔薇に例えられる気性の激しい麻耶子と、桜に例えられる可憐な沙耶子姉妹。

妹のものを奪うことを生きがいにしているかのような姉の麻耶子。そのわがままっぷりはある意味で典型的。それにじっと耐える妹の沙耶子もある意味で典型的。

小指を立てて、おーほっほっほっ!!!!、とか高笑いしそうな姉と、いいの、わたくしは、ああ、ハラリ……、とかしなだれそうな妹、というお嬢様キャラの両極端みたいなキャラ造形だ。

この子が羊の仮面の下にどす黒い本性を隠していることを、なぜ、誰も見抜けないの!?

そういう麻耶子の言葉もあって、なんとなくの結末はみえている。

のだけど、ここからがこの短編の真価。冒頭の見えやすい謎=殺人事件の影に意図的に隠された謎が、怒涛のように明かされるのと同時に襲ってくる、恐怖感。

語りという形式がすごくいかされている。

この二転、三転の心地よさはとてもいい。

 

 

「背徳の羊」

ゴシックホラー風の表題作とは一変して、時代は現代に。

プラスチック加工会社を経営する篠田と、その美人妻・羊子の間に生まれた息子と、葉子の元上司の水嶋の息子が似ている、という違和感から物語ははじまる。

水嶋の妻、初音のもとに届いた「ご主人のすぐそばに、『背徳の羊』がいます」の手紙も相まって、篠田と初音は一緒に羊子の身辺調査をはじめ、次第に羊子の過去が明かされていく。

徐々に羊子を追い詰めていく二人、そんな中、水嶋の息子が池に沈められるという事件が起こり……。

 

火曜サスペンス劇場にありそうな設定であるが、やっぱりこの短編もそうすんなりとはいかない「ひとひねり」が加えられている。いや、「ふたひねり」かもしれない。

最後のページを読んで、「お前かい!!!!」と突っ込んでしまった。

 

 

「眠れぬ夜の羊」

コンビニ経営の塔子はある日、人を撲殺する夢を見る。

殺した相手、それは、過去の恋人・文彦を奪った同級生・明穂だった。

悪夢から醒めた塔子は、シャワーを浴びて、いつも通りコンビニに向かう。

そこで飛び込んできたのは、明穂が公園で殺されたというニュースだった……。

 

夢が本当になってしまった?それとも夢ではなく本当だった?

いわゆる「信頼できない語り手」によって、物語は進んでいく。

そして、信頼できない語り手が信頼できる語り手になった途端、またもやうっちゃりをくらわせられる。

まただ。見えやすい謎を解決して、安心させておいてぐわっと一発くらわせるパターン。

これはホラー映画の「後ろを向いたら誰もいなかった。と思って前を向いたら……」というあのお決まりのパターンに似ている気がする。

しかも、この短編ではがっつりとホラー要素を押し出してくる。

見えるはずのないものが視える女の子がでてくる。

 

 

ストックホルムの羊」

現代的な前の二編とは打って変わって、時代は中世。

暗い塔に幽閉された王子と、カミーラ、ヨハンナ、イーダ、アンの四人の女の暮らしを描く。

ある日謎の美少女マリアが闖入したことによって、安寧な暮らしは崩壊していく……。

 

先に言っておくと、僕は表題作とこの短編が、『強欲な羊』の中では好きだった。

一番衝撃が大きかったからだ。

唐突なファンタジーに一瞬「ん?」となったけど、一番最初にゴシック風味の短編が配置されているせいで、すんなりと受け入れてしまった。

 

ただ、この題名はかなりグレーゾーンだと思う。

いまどき(しかもこの本を手に取るような人が)、「ストックホルム」と聞いて正直に「ああ、スウェーデンの話なのね、うふふ」とは思わないだろう。

しかも、現実に「監禁王子」という存在がいる以上、そのことをほのめかすタイトルはやめた方がいいんじゃないかと思う。

その真意に気付いた人は、「一つ目の謎」=女たちの出生だけじゃなくて、「二つ目の謎」にまで気付いてしまうだろうから(僕は気付かなかったけど)

 

 

「生贄の羊」

連作短編には二種類あると思っていて、一つは同一の主人公や登場人物、場所を、ほんのりちりばめたり、あるいはがっつりだして「読者が読みながら連作だと気付く短編」と、短編を書いて、最後の作品で全部つながってたんだと、作者が明かす「作者の作為で連作となる短編」だ。

後者は、失敗することも多い。強引になりがちだからだ。「蛇足」と呼ばれることも多い。

この「生贄の羊」は完全に後者のパターンだ。

いろんな感想を見てみたけれど、否定派が結構な数いる。

たしかに、何の脈絡もなくそれまでの登場人物の絡みが始まり、何の脈絡もなくホラーがはじまり、何の脈絡もなくすべて一つの街であることが明かされる。

ミステリーを読んでいるという意識の人にとっては、「は?」となるような短編だと思う。

 

でも、僕は冒頭や「眠れぬ夜の羊」から、ホラー小説だと思っていたので違和感がなかった。

しかもなかなか怖かった。

うまくはいえないけれど、この短編をすべてをまとめる「タガ」のようなものと考えないで、漫画の最後にちょっとくっついている「おまけ」みたいなものと考えて息抜きのように読むと、楽しめるんじゃないかと思う。

 

羊、連作短編ミステリー、屋敷、という単語でおっと来た人、はい、米澤穂信が好きな人、おすすめです。

乙一にも近いかも。

冒頭からホラーホラー言ってきたけれど、この美輪和音さんは、別名義で『着信アリ』の脚本を書いているとのことだった。

だから、ホラーの手法がこんなにもちりばめられているのだろう。

 

この作品はイヤミスとしておされているらしいけれど、違うんじゃないかと思う。

「イヤミス」の代表作としてよくあがる湊かなえ真梨幸子のたとえば『孤虫症』とは読み心地が違う。

そもそも、イヤミスというのがよくわからないのだけれど(胸糞悪くなる小説?)、この作品を読んで湧いてくるのは嫌悪感ではない。

たしかに羊の皮をかぶった狼は多く出てくるし、いやーな気持ちにはなるけど、この気持ちはホラーの読後感だ。

「いや」の方向性が違う気がする。

なんにせよ、夏にはぴったりの作品だった。

 

 

 

ところで、さっきからあなたの部屋の窓の、上のほうから覗いているのは誰?