生きるとは、自分の物語をつくること
新幹線で京都へ帰る。
道中では小川洋子と河合隼雄の対談、『生きるとは、自分の物語をつくること』を読む。
村上春樹との対談を読んだ時も思ったけど、河合隼雄という人は、ある一部の小説家にとっては最良の読者だったんだなと感じた。
印象的だったのは「謝る日本人」と「魂と物語」の話。
日本人は謝るのに抵抗はないけど、欧米人は謝らない。これは村上春樹との対談で出てきた「場のレスポンシビリティ」「個のレスポンシビリティ」の概念と通じてくるだろう。
日本人が謝る時、それは場に対して謝っているのであり、つまりはペルソナが謝っているのだ。確か鷲田清一が、役職として頭を下げるときは痛くも痒くもない、ということを言っていた。要するに自分は傷つかない。
対して欧米人の責任感は個それ自体にあり、謝る時は自分自身に謝るのだ。人格の否定にも等しい行為だ。ゆえに謝らない。
村上春樹は「かえるくん、東京を救う」で、この「場のレスポンシビリティ」に対する警鐘を鳴らしている、というのが僕の考えだが、これはまた別の機会に。
つまりは、日本に生きていると、なかなか個というものが見えにくいのだ。
そこで魂と物語の話が出てくる。
「かえるくん、東京を救う」の収録された『神の子どもたちはみな踊る』のエピグラフにはゴダールが引用されている。
女「無名って恐ろしいわね」
男「なんだって?」
女「ゲリラが115名戦死というだけでは何もわからないわ。一人ひとりのことは何もわからないままよ。妻や子供がいたのか?芝居より映画の方が好きだったか?まるでわからない。ただ115人戦死というだけ」
これは人間の物語を放棄して、数でしか見ないことへの危惧を表現している。人は生きることで物語を紡ぐ。無名にしないこと、その物語をちゃんと読んであげることこそが、祈りであり、追悼なのだ。
このことについては、また今度しっかりと書いてみたいと思う。この読書で再確認できたのは、小川洋子もまた、魂を相手にした作家だということだ。
河合 でもその一行は、全部一つ一つの物語を持っているんですね。
小川 そうなんです。何冊もの本を読んだような気分になりました。
御巣鷹山の飛行機墜落事故の、各被害者に対してたった一行だけ事務的に書かれた調書を読んだ小川洋子の反応だ。
『アンネの日記』に影響を受けた彼女は、大量死に敏感なのだ。なにせアンネの日記は生きた人間の物語であり、失われた多数の物語の一つなのだから。
多くの死の裏には多くの物語がある。
死者の声に耳をすませることこそ、祈りだ。
阪神・淡路大震災には『神の子どもたちはみな踊る』の村上春樹がいた。
高橋源一郎や舞城王太郎、内田樹といった僕の好きな人たちも、魂を馬鹿にしていない。
僕も、祈りたい。