0000書店紀行:番外編inブックオフ~前編~
0000(ゼロヨン)書店紀行とは?
月に一回10000円をもって他者と本屋に行こうという企画です。そこで紹介された本を買ったり、好きな作家の話を聞いたりしながら本屋をぶらぶらします。その月の新刊を見てみたり、ぼくが10000円以上本にお金を使わなくなったり、いいことがたくさんです。
今回は諸事情により縮小版の番外編。
ブックオフの100円コーナーにて10冊の本を買うという企画でお送りします。
今回のゲストはともに「定刻通りの漸近線」やツイキャスなどで活動している四流色夜空くん。
今回ぶらぶらしたのはわれらの愛憎渦巻く都市、京都OPAのブックオフです。
※あいかわらず本棚を見ながらしゃべっていますので、話がとびとびになります
かみしの(以下:か) というわけで10000円で他者と本を買いに行く企画、番外編ということでin BOOKOFF、100円コーナーで10冊です
四流色夜空(以下:よ) 10冊いきますか
か いきましょうと。今回は四流色夜空くんとね、やっていこうと思います
よ この一列ね(笑)
か 一列(笑)
よ 一列みたら単行本の方もいきましょう
か じゃあまあア行からどんどん見ていく感じで
よ 100円とかで普段買うんですか
か いいのがあれば買うけどねえ
よ 一応見る?
か 見る見る、五周くらい見る
よ それは見過ぎだと思うけど(笑)アのところで最初何探すとかある?
か んー、ざーっと見てるけど安部公房とか芥川龍之介とかあっこらへんかな
よ 芥川龍之介ね、置いてあるね。僕はいつも阿部和重をね、『シンセミア』の2巻が置いてあるんだけど。名古屋もなかなかないんですよ
か 阿部和重ね
よ これ知ってます?
か 『ひとり日和』ね、面白かった。芥川賞とってやつでね。わりとほんわか系
よ 芥川賞でほんわか系とかあるんだ
か なんていうかな、「家」みたいな
よ 生活感みたいな
か そうそう、生活感。全体が三途の川のメタファーになっているんだなって感じはあるけど、まあ読み心地がいい小説かな
よ 芥川ってここに『河童』『地獄変』『蜘蛛の糸』三冊あるけど、おすすめとかある?
か この中だったら、そうだなあ芥川って王朝ものみたいな○○ものっていうのがたくさんあって……
よ 初心者だったら
か 芥川初心者、だったら『蜘蛛の糸』かなあ。よくいろんなとこで引用されるのは「河童」とか「歯車」とか後期の作品なんだけどね、有名な一節があって「誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?」っていう
よ それはなんていう小説?
か これは「歯車」っていう死ぬ前の作品なんだけど、後期はけっこうこういうばしばししてるのが多いね
よ そうなんだ
か うん、「蜘蛛の糸」とか「杜子春」とかは童話っぽいけど
よ 後期だとリアリティというか
か そうね、どんな作家でも後期になるとびしびししてくるというか(笑)
よ 研ぎ澄まされてくる(笑)
か まあ、「地獄変」も面白いけどね
よ 「地獄変」ね、笙野頼子の『極楽』でもオマージュされてたり
か そうなんだ、笙野頼子が
よ ちょっと挑戦してみようかな
か そんなに、こう、やっぱり100円コーナーという感じのラインナップよね
よ だいたいね、伊藤たかみの『八月の路上に捨てる』が置いてあって、もう一つ買いたくなる。もうもってるんですけどね
か あれも面白かったね
よ 芥川賞だよね。あれはいいですよ、攻めてくる感じの。そのあとはほんわかした感じになってっちゃうんだけど
か おっ、越前魔太郎があんじゃん。舞城王太郎とか乙一とかあっこらへんの作家が共通のペンネームで違う小説を書いているシリーズで
魔界探偵冥王星O―トイボックスのT (メディアワークス文庫)
- 作者: 越前魔太郎
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よ そんなのあるんだ、そんなことやってるんだ
か 誰がどれだったかは忘れたけど、メディアワークスだけじゃなくて、いろんなレーベルから出してるんだよね
よ やっぱりそういう遊び心が大事だね
か いかにもゼロ年代的というかね、『ファウスト』とかでやってそうみたいなね
よ あの時代の勢いみたいのが復権してくれるといいけどね
か 最近、筒井康隆の『ビアンカ・オーバースタディ』の続編の『ビアンカ・オーバーステップ』っていうのが出たんだけど、書いた人が舞城王太郎なのではという説があるっぽくて。坂上秋成が『ファウスト』時代のスピリットを感じるので好きな人は読んだらいいと思う、みたいなことを言ってた
ビアンカ・オーバーステップ(上) (星海社FICTIONS)
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- 出版社/メーカー: 講談社
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よ 筒井康隆は通じているところはもともとありそうだね
か 小川一水とかちょっと気になるな
よ SF?
か うん、日本のSF作家でよく名前の挙がる人だね。せっかくだから
よ 何冊か読んだことあるの?
か いや、ゼロだね。あんまSFを読まないから
よ 2005年ベストSF国内編で第1位
か 読んでみたいとは思ってて
よ 「幸せになる箱庭」だって、最高ですね
か 最高になる箱庭、入りたいな
よ この人、有名なんでしょ
よ どうだった?
か よかったよ、苦味がある感じの、ビターな感じで。よく覚えてないんだけど、水槽を活発にさせるためだけに魚を入れておいて、その後飼いたい魚を入れるときにそのパイロットフィッシュは外に出されちゃうみたいな、それを人間関係にあてはめた小説だった気がする
よ 怖いな。この人、新潮の選考委員やってたんじゃなかったかな。全部間違ってたらどうしようという気持ちになってきた
か まあまあまあまあ(笑)記憶で語ってるからね。一応コーナーの恒例だから聞いておくけど、好きな作家とかどうですか
よ 誰の心にもいるといわれている滝本竜彦ですね。ファウストの時代の中でもいくつか傾向があって、どれを選ぶかでその人の性質がわかるみたいなのがあると思うけど、滝本竜彦ですね
か 『ネガティブハッピー・チェーンソーエッジ』とかね
よ 『NHKにようこそ』とかね。小説は4冊くらいしかでてないんだけど、落ち込む人は是非ね、買ってほしいという
か あとは中村文則とか
よ そうね、外に向けての意志表示が苦手な感じの小説が好きですね。エンタメとかはちょっと苦手なんで……これ読みました?
か 読んだよ、川上弘美『溺レる』。短篇集だよね、確か
よ 伊藤整文学賞……女性作家、好き?
か わりと好きだよ、もちろん作家によるけどね
よ あんまり読まないんだよなあ。綿矢りさくらいかな
か 笙野頼子も女流文学では
よ あっ、そうでした(笑)
か まあ、あの人は女流とかそういうのではないかもしれないけど(笑)
よ 女性とか男性とかそういうのを越えてるからね(笑)
か 笙野頼子っていう人格だからね(笑)
よ 乙一とかって読んでるの?
か 乙一はたぶん全部読んだと思う
よ へえ、けっこうでてるよね
か 出てるね、たぶん別名義のやつも全部読んだと思う、わりと好きだったからね。鹿島田真希の『ゼロの王国』とかあるけど、上巻だけだ
よ 名前は聞いたことあるけど
か 三島由紀夫賞と芥川賞と野間文芸新人賞っていう純文学三冠文学賞を最初にとったのが笙野頼子で、二人目が鹿島田真希だったと思う
よ へえー、二代目笙野頼子。川上未映子もあるね、阿部和重と結婚した
か いかにもっていうカップルだよね、サブカルの人たちみたいな(笑)
よ 阿部和重が幸せを感じている瞬間とか想像がつかないけどね。いつも内に秘めてるので。うーん、よさそうではあるけどね
か わかる。結局『乳と卵』しか読んでないんだよね。『ヘブン』とかも面白そうだけど読んでない
よ 動画で見るとちゃきちゃきの大阪の女の人って感じがして、すごいですよね、怖いですよね
か 対面とかしたらおされそう。女流作家の流れじゃないけど、金原ひとみがある、『マザーズ』
よ 何か読んだ?
か 『蛇にピアス』と『アッシュベイビー』ってのを読んだんだけど、『アッシュベイビー』すごいの、めちゃめちゃすごい
よ アングラ感的な?
か アングラ感というか、文章のドライブ感がすごい。舞城王太郎に近いところがある
よ これいいですよ、「摂食障害気味の女性のパソコンに残されている意味不明な文章=作文」
か ああ、いいねえ。買おう。何か気になる作家とか
よ 北村薫ってさ、読んだことある?
か もってるけど読んでないな
よ よいっていう評判はね、大学在学中から聞いてたんだけど
か 日常ミステリーの人だよね
よ そうそう、米澤以前というかね
か 米澤穂信の系列、『氷菓』の系列というかね。『空飛ぶ馬』とかの円紫さんシリーズが有名かな、だからたぶん『氷菓』とかが好きな人は好きだと思う、まあ読んでないからなんともいえないけど(笑)
- 作者: 米澤穂信,上杉久代,清水厚
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2001/10/28
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よ 最近ほんわかしたのがあんまり読めないから……
か びしびししたやつしか
よ そう、俺を甦らしてくれみたいな、刺激がね。『姑獲鳥の夏』とかは読んだけどね。長いけどね
か 長いけど読みやすいもんね、京極夏彦。やっとカ行のクまで来たけど
よ 窪美澄、『ふがいない僕は空を見た』、読んだ?
か 読んでない
よ めっちゃいいですよ
か お、そんなこと言われたら買うしかない
よ R18文学賞じゃなかったかな。映画にもなってるんですけど
か うーん、こころが傷つきそうだ
よ 群像劇の連作形式なんだよね。基本ね、僕は自分をふがいないと思ってるんでこれはいいですよ
か (笑)ふがいない僕らには突き刺さる(笑)関係ないけどこの『邂逅の森』ってやつ面白かったよ飄々舎の書評に書いたんだけど、マタギの話で。熊や鹿を狩って生計を立てている人たちの。エンタメ直球っていう感じだった
よ ここらへんからアツくなってくる
か ブックオフの100円コーナー、たまにいい本があるパターンあるからね
よ あるんですよ、買っちゃうもん。けっこう海外文学も多いと思う
か 桜庭一樹さんもあるね
よ 『砂糖菓子の弾丸』はね、もうみなさん大好き
か そうね、あ、これは表紙で騙してくる方の装丁のやつだ
よ 全然違うよね、中身と(笑)
か こっちのバージョンの表紙で表紙買いすると、傷ついて大変なことになりそう
よ 桜井亜美とかどうですか
か 何の人?詩人?
よ いや、90年代後半とかの、携帯小説的な感じの
か へえー。たしかに横文字が多い。『イノセントワールド』とかMr.childrenかという
よ それがたぶん出世作なのかな。まあ、援助交際とか女性の書く闇みたいなのを軽い文体で書く
か 初めて知ったなあ、気にならないでもない。島田雅彦が置いてある、『優しいサヨクのための嬉遊曲』
よ えっ、いいじゃん。これめちゃくちゃ好きなんだけど。図書館で借りて読んだけど。阿部和重と喧嘩してたね
か してたね、そういえば(笑)
か 佐藤友哉の奥さんね。サークルの後輩に『アンダスタンド・メイビー』面白いですよって言われたけど下巻しか置いてないな。俺、その横の澁澤龍彦が気になっちゃう、『世界悪女物語』
よ 澁澤龍彦ね、やっぱり教養として知っておきたいというところはある
か 一時代を築いているからね
よ 『母の発達』がある、最高じゃないですか
か 本当だ、うわ、買おうかな
よ お母さんホラーですよ
か どういう煽りなんだ(笑)われら大好き笙野頼子先生
よ 柴崎友香
か 『春の庭』で芥川賞とってるんじゃなかったけ
よ 読んだ?
か 読んだ。日常系4コマみたいな小説だったな。鷺沢萌、結構好きなんだよね。『海の鳥』、これは短編集なんだけど、ある一瞬を切り取ってみた、みたいな。東京事変の「閃光少女」じゃないけど
よ 女の人で『日傘のお兄さん』の豊島ミホもそういう感じなんだよね、僕好きなんだけど
か ああー、わかるかもしれない。なんだっけ、浅野いにおが表紙書いてる小説を読んだな
よ 妹尾まい子とかね、『天国はまだ遠く』とか。映画にもなってて
か タ行ですか
よ おお、『共喰い』がある
か 田中慎弥の
よ 田中慎弥大好きなので、何か読んだ?
か 『共喰い』と、「蛹」「切れた鎖」あたり読んだかな。強度があるよね
よ 田中慎弥は外に出てなかったわけじゃないですか、だからか想像力がすごいよね。これはけっこう読んでほしい作家だな
か そうだね、『共喰い』なんかは読みやすいほうだと思うから、そこらへんから入ってね
よ 言い回しが好きなんだよね。谷川俊太郎『二十億光年の孤独』、聞いたことはあるけど
- 作者: 谷川俊太郎,川村和夫,W.I.エリオット
- 出版社/メーカー: 集英社
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か 「あるいはネリリしキルルしハララしているか」ってやつじゃない?なんだっけ、「万有引力は引き合う孤独の力である」みたいな言葉があって、好きだった気がする
よ 教科書に載ってるんだっけ
か そうだね、谷川俊太郎いいですよ。詩人っていったら一番か二番くらいに名前が出てくると思うけど、やっぱりよい。高橋源一郎とかは置いてないね
よ これは大変なことですよ
か おっ、滝本竜彦大量にあるじゃん
よ 『超人計画』二冊持ってるからね
か 『NHKにようこそ』って続編とかってあるの?
よ ないよ(笑)
か 読んだことなくてさ
よ ないの!?大丈夫か?(笑)
か ないの(笑)『ネガティブハッピー・チェーンソーエッジ』と『僕のエア』だけなんだよね
よ どうして読んでないの
か いや……触れてこなかった(笑)
よ みんな読んでるよ
か あ、これはぜひ買います(笑)
よ これは滝本竜彦は引きこもりのイメージが強いけど、ちゃんとニーチェの引用とかでエッセイみたいなのを書いてる。この辺もみんなわかってほしい。理解して生きてほしい。『NHKにようこそ』はメディアミックスもされていてね
か そうそう、そのイメージがあったから続編があるような気がしてた
よ 似たようで全部違うからね、三回は楽しめる
か 『ネガティブハッピー・チェーンソーエッジ』を大学時代に読んで学校にいけなくなったぼくが読んでも大丈夫ですか
よ まあ働いてないしね
か (笑)いい言葉だ(笑)
よ 働いてたらやばいかもしれないけど。おっ、かみしのさんの本があるよ
か 『フェイク』(笑)ぼくの本ではないけどね、まあ、ぼくの座右の銘と言われる(笑)
よ 羽田圭介とかある、『盗まれた顔』
か 読んでないな
よ 俺も読んでない、『メタモルフォシス』読んだの?
か 読んだ読んだ
よ 好き?
か うん、好き。羽田圭介はね、笑わせようとしてる気がするんだよね
よ わかるわかる。僕も『黒冷水』読んだんだけど、なんかやりすぎでは、みたいな。あれ読んでみたいんだよね、『スクラップ・アンド・ビルド』
か 芥川賞のね、あれも笑える感じだったな。『火花』と一緒にとってて、『火花』はわりと笑わせようとしてるんだけど、『スクラップ・アンド・ビルド』はなんか笑っちゃうみたいな。けっこう笑いで統制のとれたいい芥川賞だったのかも
よ 寺山修司とかある
か いいね、『少女詩集』なんてのは最高ですよ
よ そうなんだ、知らないなあ
か 「涙は人間の作ることのできる一番小さい海です」みたいな、そんなんがあった気がする
よ 寺山修司もみんな読んでるよね。この時代の詩人って他に有名な人っているのかな、一人勝ちだったのかな
か 誰だろうな、詩人自体はたくさんいただろうけど。寺山修司は何でもできたってのが強いよね
よ 映画とかね
か 映画から演劇、俳句、短歌、詩、テレビにも出る、みたいなね
よ 『書を捨てよ、町に出よう』とか『青女論』とかあそこらへん読んだんだけど、よかった
か さっき言ってた豊島ミホがある、『青空チェリー』
よ 売れないっていって書くのやめちゃったけど、繊細な感じがいい
か 南条あや買うか
よ やっぱりね、バイブルとして(笑)
か バイブルとして(笑)『八本脚の蝶』とか『メンヘラリティ・スカイ』とかと一緒に並べておいてね。読みたいとは思ってたし。そんで中島らもね、『ガダラの豚』、いついっても一巻がないんだ
よ 『ガダラの豚』読みたいんだよね
か ね、めっちゃ面白いらしいからね。この前10000円企画をした男がいるんだけど、この男が「集英社で一番面白いミステリーはガダラの豚だ」って言ってた
よ お墨付きですね。52歳くらいで死んじゃったんだよね。辛い人は中島らもとか読むといいと思う
か そうね、『バンド・オブ・ザ・ナイト』とかよかったし
よ 『今夜、すべてのバーで』とかが有名だけどね
→次回、ナ行から外国文学コーナーまで
★第三回はこちら☆
★四流色夜空・西田えな・かみしのの運営する投瓶通信「定刻通りの漸近線」はこちら☆
『群像70周年記念号』全作レビュー8~いのちの家~
「第三の新人」の波もおさまって、『群像10月号』初の女性作家が顔を出します。
円地文子。
あまり有名な作家ではありませんが、与謝野晶子、谷崎潤一郎に続いて『源氏物語』を訳していたり、『夜半の寝覚』や『蜻蛉日記』といった古典文学を訳していたりと、いわゆる古典に造詣の深い作家として名を知られています。
ぼくは本屋に行って講談社文芸文庫の棚に行くたびに『朱を奪うもの』『傷ある翼』『虹と修羅』という中二っぽいタイトルの作品に思わず目を奪われていたので、ぼんやりとは知っていました。
これは円地さんの逸話ですが、谷崎潤一郎賞の選考委員をやっていた際、自らの作品を受賞作として推して他の選考委員に諫められていたようです。
我が強いというか、おそらく自分の書いたものに強い自身があったのだと思います。
ちなみに結局上記の三部作で円地さんは賞を受賞しています。
今回はそんな円地さんの短編「家のいのち」について少し書いていこうと思います。
家というのは不思議なもので、さらな土地に壁や天井といったもので区切りを作成して、そこに住むことで家と主張しているだけの空間です。
その空間を家たらしめているものは何なのか。
それはおそらく住む人間の情念みたいなものなのではないかと思います。
まずは、「戦争」というものについて少し考えてみたいと思います。
レイモンド・カーヴァーは「良き小説というものは、ある世界のニュースを別の世界に伝えるものなんだ」と語っていますが、戦争について書くというのは、時間や空間を隔てた現在のぼくたちに、当時の記憶を伝えるという意味において重要な役割があると思います。
Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)
- 作者: レイモンドカーヴァー,Raymond Carver,村上春樹
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教科書を読むだけではわからない、戦時中、あるいは戦後の生活のにおいが、この小説にはあります。
例えば「軍人恩給」や「方面委員」という単語。
この小説では、菊と謙三という夫婦が軍人恩給が廃止されたことによる貧困でなんとか糊口をしのぎつつ、自分たちの借家を手放さなくてはならないのではないか、と思案するところから物語が始まっています。
軍人恩給とは軍隊に服役した人間に対する金銭や土地の保証制度であって、日本では1946年に廃止されましたが、旧軍人たちの運動によって1953年には復活したということです。
つまり、この小説の時代設定が1946~1953年の戦後間もない時期であるということがわかります。
方面委員の世話になっている人達が一戸建ての家を借りているというのは理に合わない。
方面委員の世話になっているものが葬式だけ表てを飾ることは許されない。
方面委員とは現在の民生委員の前身で、低所得者救済のための組織です。
今風に言うなら生活保護を受けているのに、贅沢をするのはおかしいというのに近い感覚なのだろうなと思います。
ちなみに方面委員という名前は1946年に廃止されているので、軍人恩給とあわせて考えるに時代は1946年、戦後すぐの時期だということがわかります。
空襲で土地が焼かれ、貧困にあえぐ暗黒の一時期の描写がこの小説には書かれているということになります。
このあたりの制度を知れるというだけで、読む意味はあるのですが、この小説を小説たらしめているのは「怪談」と「逆説のおかしみ」なのだと個人的には思います。
「怪談」。
よく日本のホラーは精神的で、海外のホラーは肉体的だといわれることがあります。
大きな音でびっくりさせる海外とは対照的に、日本のホラーでは真綿でじりじりと締め付けられるような、脂汗がにじみでるようなホラーが描かれることがあります。
その正体のひとつは恨みです。
例えば日本文学史における幽霊として有名な「六条御息所」。彼女は愛する光源氏への思いが募るばかり、彼と関係をもつ女性を次々と呪い殺します。
あるいは謡曲「定家」における定家や式子内親王。『雨月物語』における宮木や蛇女。
古典に登場する幽霊たちは、その想いの強さによって、成仏することなく形をもった「恨み」として登場します。
この「家のいのち」は一見、戦後の一瞬の時期を切り取ったスケッチのようなものに見えますが、まごうことなき怪談なのだと思います。
家の主人である菊は、方面委員の世話になっているにもかかわらず借家に住み、
自慢はもっとも夫だけではなく、着る物でも手道具でも何でも自分のものとなれば他人の持ちものとはまるで質の違う愛着が生じる癖
をもっていて、盲目の夫・松木謙三だけでなく、特に家に並々ならぬ執心を抱いていることが書かれています。
菊が家を綺麗に住むことでは趣味を越えて病的
老人疎開などが喧しく言われたころでも、菊は頑としてこの家を動こうとはしなかった。
死に場所に決めていた家
これは「欲しがりません勝つまでは」の精神のアンチとして生まれた人間像なのだと思いますが、それゆえに思いの強さは戦時中の国民像と対比されて、強く印象付けられます。
やがて彼女は死に、夫もまたあとを追うように死にます。
軍人恩給のない中家賃も払っていなかった夫婦の死によって、貸主である押小路家は一種の安堵を感じ、この家には松木の親族、官庁の岡野、その姪夫婦、進駐軍相手のダンサーをしている珠子といった人間たちがかわるがわる住むようになります。
ぼろぼろになった家を改築する際に押小路夫人が家を訪れたときの感想は以下の通りです。
父親の遺産として譲り受けて以来、長い間自分の持ち家とは思っていても一日も住んだことのない不在家主の自分よりも、この家から棺を出すことを念願して朝晩に拭き磨きをしていた菊の方が、この家のほんとうの女主人であったことをそのとき未亡人は今更に気づいた。
木造の家には、木に水が染み込むように、人間の魂のようなものが染み込むような気がします。現代のコンクリート製の建物では、こうはいかないのではないかと思います。
最初に書いたように、円地さんは『源氏物語』『雨月物語』を現代語訳しています。はるかな古典時代と戦後のある時期を繫ぐ架け橋の一つに、木造建築と霊魂というのがあったのでしょう。
菊の強い思いは、ダンサーの珠子の前に霊となって現れます。
恋人のケニーと抱き合うとき、彼女はまったく知らない筈の松木夫婦の姿を幻視します。
知らないままに皮膚の色の異う恋人たちは古い家の霊に憑かれて、不思議に甘美な抱擁を続けていた……
まさに古典的な「恨み」の幽霊です。
その古典的な造形に、国家総動員によって所有を許されなかった日本国民の「恨み」が重ね合わされ、戦争に対する怨念のようなものが浮かび上がってきます。
この反戦的な思いは「逆説のおかしみ」をもって描かれ、奇妙な後味を残して小説は終わりを迎えます。
ひょんなことから、この家の付近から火が出ます。
近所の人間はあわてて、アメリカ進駐軍のポンプを要請します。
進駐軍のケニーは「日本の家、木と紙、皆焼ける」と慌てます。結局進駐軍によって家は焼けることなく消化され、「お宅のアメリカさんのお蔭で」と礼を言われて大団円を迎えます。
このあたりにわりあい強烈な意識を感じます。
どうしてケニーは、つまり米軍は日本の家がよく燃えることを知っているのか。
空襲で家を焼かれた人間たちが、家を守ってくれたことを感謝する。
時代は戦後まもなくの時期。
ついこの間まで敵であったはずのアメリカ軍に、日本人が焼かないでくれてありがとうと感謝する。
たぶん当時の人たちには、今ではわからないある種の感情を抱かせたのではないかと思います。
このあたりに「逆説のおかしみ」にかこつけた、戦争に関する円地さんの思いが噴出しているのではないかなと思います。
寿命の長い家だ、強い家だと世にも頼もしく眺めてしばらくそこに立ちつづけていた
と菊の家を見ながら立ちすくむ場面でこの小説は終わります。
古典時代から続く想い、恨み、霊となって現れるほどの強い魂の力。その意志の強さはアメリカ人をも動かし火にも打ち勝つという、ひとつのテーマが浮かび上がってくるような気がします。
砕かれ、燃やされつつも失われなかったある種の力について想起してみるのも、きっと必要なことなのだろうと思います。
パスピエ TOUR 2017 "DANDANANDDNA"大阪レポート
ライブレポートをご所望の方は少し飛ばしてご覧ください。
ぼく自身こういうことを言い出す人間をあまり信用することができないのだけれど、それでもあえて言葉にしてみたい。
ぼくは音楽に救われてきた。
なにもかもが無意味に思われて、生と死のあいだをふわふわと漂っていた幾度もの時期、ぼくをこちら側にとどめる最後の砦となっていたのはいつでも音楽だった。ある時はクラシックや吹奏楽曲だったし、ある時はロックだったし、ある時はアイドルソングだったし、ある時はヒップホップだった。
かなしみやせつなさと名付けるのも億劫な感情に包まれ、本を読むことはおろか、お風呂に入ることも、ご飯を食べることもできなかった25年間の大部分の時間。それでもiTunesの楽曲をクリックすることはできた。物心ついてからずっと、ぼくの周りには音楽がなっていた。
星新一の「ひとつの装置」という短編には、人類が滅亡したあとの世界で、鎮魂歌を演奏する機械が登場する。終末にはトランペットが鳴り響く。人間の魂を癒す究極のもの、それは音楽に他ならないと確信している。
もちろん聞くだけではなく、自分で演奏したり歌ったりするのも好きだ。うまくはまれば、宇宙に接触することだってできる。きっとそれはドラッグを使わずにナチュラルハイに達することができる、唯一といってもよい手段なのではないかと思う。
話がずいぶん遠回りになったようだけれど、今回ライブに行ったパスピエもまた、ぼくの人生におけるある時期をともにすごしたバンドである。
大学3・4回生のとき、毎日のようにパスピエの「ONOMIMONO」「演出家出演」を聞きながら大学まで歩いた。
大きな大きな死への欲求に飲み込まれそうになったときも、ぼくはイヤホンを耳にはめて大音量で世界を遮断して、京都御所の隅で泣きながらパスピエを聞いていた。
きっとこれはかなりねじ曲がった受容の仕方なのだけれど、ぼくにとってパスピエはぼくの人生の相当にクリティカルな部分と結びついている。
はじめてパスピエに出会ったのは河原町OPAのタワーレコードだった。相対性理論やYUKIと一緒になってプッシュされていた「演出家出演」をはじめとするパスピエのCDのジャケットがまず気を引いた。
何の気なしに視聴して、そして「わたし開花したわ」「ONOMIMONO」「演出家出演」というリリース済みのアルバム3枚を購入した。端的にいえば一瞬で虜となったのだった。
21世紀流超高性能個人電脳破壊行進曲「パスピエ」を標榜していたそのバンドは、ロックだけでなく80年代のニューウェーブ、ポップス、クラシック、ボカロ、エレクトロ、アイドルといった様々なジャンルのエッセンスを取り入れたとても中毒性の高い音楽を完成させていた。そう、思えば、あの時代からパスピエはずっとパスピエとして完成されていたのだった。
実際パスピエのライブを見に行ったのは2013年のRush Ballがはじめてだった。まだ出始めた時期だったので、それほど観客も多くなく、最前列にすんなりと入り込めた。
当時、メンバーは顔を隠していたので、はじめて目の前に素顔で現れたパスピエが不思議に見えた。
今でも忘れられないのが、「チャイナタウン」を演奏しているときに、はしゃぎすぎたぼくのかばんが開き、携帯電話や財布が全部ぶちまけられてしまったことだ。
最前列でわたわたしながら落ちたものを拾うぼくを、大胡田さんは苦笑してみているのではないか、などと自意識過剰なことを思ったりもした。
二回目のライブのとき、ぼくは大学を卒業して仕事を始めていた。2015年「娑婆ラバ」が出たときのツアーだ。場所はzeppなんば。
コンセプトを和風に転じていた時期だった。2年のうちに、パスピエはzeppで演奏できるほど大きなバンドになっていた。今度はかばんのチャックをしっかりとしめ、ライブハウスならではの演出を楽しんだ。
そして今回。
はじめてのときは大学生、二回目は社会人、そして今度は無職だ。
なんばhatchは何度いっても、なかなかたどり着くのが難しい。せめて改札口のところに看板を立ててほしい、などと思いながら会場へ急いだ。
ここにくるのは去年の銀杏BOYZのとき以来だったので、半年ではあまり変わらないな、などと空想しながら開場時刻を少し過ぎて到着した。
ささやかにながれるBGM。ステージに設置された看板。浮足立つ観客。薄暗い部屋。スモーク。
ぼくはホールよりもライブハウスが好きだ。たいていライブに行くときは一人なので、カップルや集団の大学生をかわしながら、どんどんと前の方に進んでいく。
開演が近くなる。どんどん心臓が高まっていく。
照明が落ちる。
カラフルな衣装に身を包んだ大胡田なつきさん、デザインTシャツを身に着けた成田ハネダさん、三澤勝洸さん、露﨑義邦さん、やおたくやさんが次々と登場する。
一曲目は、「&DNA」のアルバム曲である、やまない声。
今回のアルバムは「ANDDNA」ということで、久しぶりに回文のタイトルになっている。それに伴ってか、楽曲の方も「演出家出演」のころのものに近くなっているような気がする。「幕の内ISM」「娑婆ラバ」を通じて一層練り込まれたうえで原点回帰したパスピエサウンドが「&DNA」にはあった。
やまない声は疾走感あふれるチューンで、個人的にアルバム曲の中ではかなり気に入っている曲。
まばゆい光を背に受けたメンバーの演奏で幕を開けた「DANDANANDDNA」ツアー。最初からテンションは最高潮だ。
二曲目は、とおりゃんせ。
前々作「幕の内ISM」に収録の楽曲。「はいからさん」に始まって「つくり囃子」に連なっていく和風パスピエを代表する曲だ。
この曲もよく大学時代に聞いていた。「絶対零度のあたしを連れ出して」というフレーズが大好きで、意味もなくTwitterにつぶやいていた気がする。
サビでは会場全体で「おっおー!」のコール。これもまた間違いなく、テンションのあがる選曲だ。
パスピエです、のあいさつもそこそこに三曲目の万華鏡へ。
これにはおっ、となった。この曲は「MATATABISTEP」のシングルのB面だ。2014年の曲であるうえ、パスピエはあまりシングルのB面の曲をする印象がなかったので、意表をつかれた。
落ち着いたAメロから急激に速度をあげて疾走するサビ。手で円を描きながら踊る大胡田さん。
印象的なイントロから放たれる四曲目のヨアケマエ。
「&DNA」の中でシングルカットされている楽曲の中では一番聞いた曲かもしれない。「革命は食事の後で誰よりスマートにすませたら」と洒落た感じの歌詞が、バンドの肩の抜けた演奏の上にのせられる。
パスピエにはいろいろと武器があるけれど、その一つがキャッチ―なメロディだ。ヨアケマエはその類まれなメロディのセンスが光るキラーチューンだ。
ここで一息。大阪は一年ぶりというMC。
まだ「&DNA」の曲をあまりやってないよね、という話題で笑いを誘いながら、足早に演奏にうつる。
永すぎた春。
このアルバムの冒頭を飾るシングル曲だ。
気がついたらいつの間にか4月になっていた。ずっと冬が続けばいいのに、と思っているうちに冬は死んで、春が生まれる。梅が散り、桜が咲き、土筆が顔を出す。和のテイストを織り込みながら歌われる春の曲は、今の時期にぴったりだ。
「等身大の自分なんてどこにもいなかった」という歌詞にはどこかさみしさを感じる。
そのまま次の曲は、ああ、無情。
アルバム曲のひとつだ。どこかBUMP OF CHICKENの「レム」を感じるような曲で、「過剰な賛美が欲しくて錆びかけてた心が疼いた」なんて部分には思わずうなずいてしまう。
今回のアルバム曲は特にいい曲が多いような気がして、何を演奏してくれても楽しいので、もうひたすらジャンプしながらライブを楽しんだ。
次のDISTANCEもまたアルバム曲。
エレクトロの色味が強い楽曲で、大胡田さんの声もシックだ。深夜の高速でかけたいような、静かな中にも高揚感を感じさせる曲。
ベースのぶりぶり感もたまらない。
そして、名前のない鳥。
「演出家出演」の曲にして、「トロイメライ」と並んでぼくが最も聞いたパスピエの楽曲。まさかやってくれるとは思わなかったので、イントロの時点で泣いてしまった。
大学時代、人間たちに殺されそうになって死ぬことを考えていた時期、京都御所の人の来ないトイレにこもって「名前のない鳥」を聞きながらひたすら泣いていた。
飛翔してしまいそうな抒情的なサウンドに、「名前のない鳥は今日も飛べずにいつしか記号に変わってしまったの」という歌詞に自分を重ね合わせたりしてみた。
この曲を聞くと、いつでも22歳の、京都の、夜の風景が頭に浮かんでくる。そこはなんばhatchではなく、あの頃の京都に変わっていた。
今もこの文章を書きながら、涙が浮かんでくる。
興奮も醒めぬまま、マイ・フィクション。
「&DNA」のアルバム曲だ。「私フィクションになりたくて」。何回もいうようだけれど、パスピエのあまりに明快なメロディにのせられる大胡田さんの歌詞は、深く胸に突き刺さるフレーズが頻繁に登場する。
ぼくたちはフィクションになりたいと模索しながらも、生きている間は決してそうはなれない。
聞き覚えのないイントロに次いで歌われるのは、S.S。
パスピエのライブでおなじみのアレンジ楽曲だ。「演出家出演」のリード曲である「S.S」。カラオケでもよく歌ったな、と懐かしくなる。
「演出家出演」はどうしても京都と密接に結びついている。
ダークなアレンジにのせて、メンバー紹介がされていく。
ライブに行くことの利点とはなんだろうと考えたときに、いくつか思い浮かぶのだけれど、そのうちのひとつにバンドの存在がしっかりとわかるというのがある。
ともすれば、ボーカルしかいないように感じてしまうCD音源だけれど、実際バンドを目の当たりにすればボーカルに加えて、キーボード、ベース、ギター、ドラムがいてこそのバンドだということがわかる。
特にパスピエは2010年代に多かった女性ボーカル、男性バンドのいわゆる東京事変―相対性理論系の編成のバンドの中でも演奏のレベルが高い。彼らのソロパートもライブの見ものの一つだ。
みんなそろってこそのパスピエだ。
どこかコミカルなイントロから歌われる、おいしい関係。
お昼の番組のエンディングのような明るいメロディー。この楽曲の幅広さもまたパスピエの魅力だ。
自然に体が揺れてしまう。「甘さ控えめがいい二人の関係」。キュートだけれど、少しせつなさを感じる一曲だ。
そのままトキノワへとなだれ込む。
前作「娑婆ラバ」のシングル曲。「境界のRINNNE」のエンディングテーマでもある。アニメに提供した楽曲とあって、ひとつ頭の抜けたキャッチ―さだ。
これもまたよく聞いていたなと懐かしくなる。
どうでもいいのだけれど、ぼくの携帯電話のロック画面は「トキノワ」のジャケットの絵だ。大胡田さんの描く絵はとても魅力的。このシングルにはコーネリアスの「NEW MUSIC MACHINE」のカバーも収録されていて、パスピエの系譜が見える一枚だった。
テンションは最高潮のまま、「&DNA」のシングル曲、メーデー。
「ああメンソールふかしてみてもむせかえるだけで虚無」。このフレーズが好きすぎて、よくつぶやいてしまう。
疾走感あふれる一曲。こういう曲を聞くとパスピエの「演出家出演」的一面と「娑婆ラバ」的一面の止揚を感じることができる。パスピエにしか作ることのできないオリジナリティーが全面にあふれている。
はじめから完成されていたパスピエだけれど、まだまだ進化しているのだ。完成の向こう側。遠いところまで彼らは連れて行ってくれる。
ここでMC。
「今日は4月1日でエイプリルフールだけど、パスピエの演奏に嘘はありません」と、日付にかこつけた発言をする成田ハネダさん。
いいことを言っていたけれど、その前に話した『君の名は。』をもじった企業の嘘宣伝のトークでツボにはまっていた大胡田さんはあまり聞いてないようだった。
「このアルバムを作りながらライブで聞いてもらうことをずっと考えていました、この曲も私の声で聴いてもらいたかった曲です」という大胡田さんのMCに続いて演奏されたのが、ラストダンス。
今日はじめてといってもいい、少し落ち着いたアルバム曲。
熱狂していた会場が、心地よいゆったりとした雰囲気に包まれる。
ギターの三澤勝洸さんがダブルネックギターに持ち替え、赤色の照明が煌々と照らす中、歌われる術中ハック。
「娑婆ラバ」のアルバム曲。和のパスピエ、そしてかっこいいパスピエだ。
ギターソロがたまらない。
会場はまた再燃の空気を孕んで、フィナーレに向けて熱狂していく。
ハイパーリアリスト。
「&DNA」最後のシングル曲だ。
シングルカットされている曲はどれもこれも、色があって一言で言えばたまらない。
どれも明るいのだけれど、なぜだかせつない。ライブも終盤、終わってしまうのがかなしくなってくる。
MATATABISTEP。
「幕の内ISM」のリード曲だ。キーボードのパッセージに、会場中が踊りだす。
サビではみんなが「ぱっぱっぱりら~」と手を天井に向けて突き出す。クラブのようになった会場。
誰もかれもがぴょんぴょんと飛び跳ねる。もちろんぼくもぴょんぴょんと跳ね回った。
正統派で盛り上がる曲だ。
ついに最後の曲。スーパーカー。
シングルカットこそされていないものの、MVが出された「&DNA」のアルバム曲だ。
大人なメロディーに、透き通った大胡田さんの歌唱。これまた、深夜の高速道路でかけたい一曲だ。
どこか抒情的で不思議な空気に包まれて、パスピエは袖へとひいていった。
たいていアンコールの手拍子は徐々に早くなってばらばらになっていくのだけど、なぜかパスピエのライブでは一定のリズムで手拍子が続く。
メンバーの名前をコールする大阪お馴染み(らしい)のアンコール。
着替えたメンバーが再登場し、Tシャツの話へ。
今回のアルバムの絵のテーマは「女の子の中からパスピエの遺伝子が出てきている」というものらしい。
「みんなもパスピエをまとって」と笑いながら語る大胡田さん。和気あいあいとした雰囲気だ。
「今回のアルバムの曲はほとんどやっちゃったから少し古い曲を」というMCに今日最後の盛り上がりを見せる会場。
ぼくは言わずもがなだ。
アンコール一曲目は、チャイナタウン。
「わたし開花したわ」のキラーチューン。ライブでは必ずと言っていいほど盛り上がる曲だ。パスピエはこの曲から始まったといってもいい。
ぼくは当然ながらあの日の、泉大津フェニックスを、かばんの中身をぶちまけてしまった日のことを思い出した。
思えば遠くまで来てしまった。
あの頃から身の回りのすべては変わってしまった。永遠に失われてしまったものだってある。手に入れたものの方が少ない。
それでもなんとか生きてこれた。
それは音楽のおかげだし、パスピエのおかげだ。
またかばんの中身をぶちまけたってかまわない。どうせ財布には500円くらいしか入っていない。
ぼくはあの頃の日々の記憶といっしょに踊った。進化しても、どんなに大きな箱でライブをするようになってもパスピエはパスピエだ。おそらくそれは、これからもずっと。
最後はシネマ。
「演出家出演」でライブはフィナーレだ。ぼくはもうなんばにはいなかった。ぼくは、京都を歩いていた。高校生のころから使っていた緑色のiPod。カバーはすれてぼろぼろだ。かばんの中にはいつも3、4冊の文庫本。靴底のないスニーカー。気取った化粧の女の子やかっこつけて道を占領する男の子。時間もろくに守れない京都のバス。松屋の誘惑。なぜだか漂うお茶の香り。御所の森はいつでも深くて暗い。
ぼくはクールの5mgに火をつける。
あるいは泣いていて、あるいは笑っている。
京都が明滅する。
「エンドレスリピートでシャラララ シネマそこはまるでユートピア」。
あの時代、そこはユートピアだった。今でもそうだ。
胸がいっぱいになってきたので、ここで筆をおきます。
おそらくこれからもパスピエを好きだろうな、と確信できる一日でした。
セトリ
1、やまない声
2、とおりゃんせ
3、万華鏡
4、ヨアケマエ
5、永すぎた春
6、ああ、無情
7、DISTANCE
8、名前のない鳥
9、マイ・フィクション
10、S.S
11、おいしい関係
12、トキノワ
13、メーデー
14、ラストダンス
15、術中ハック
16、ハイパーリアリスト
17、MATATABISTEP
18、スーパーカー
~アンコール~
en1、チャイナタウン
en2、シネマ
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0000書店紀行:第三回ミステリー~後編~
前編はこちら↓
か 新潮社ね
つ 島田荘司のシリーズをなぜか出しだした新潮社ね。井上ひさしの『十二人の手紙』をおすすめしようと思ったんだけどないね。書簡体で12個の手紙の短編が書いてあって、それがミステリー的なオチを毎回用意されている
か へえ、新潮社ってあんまりミステリーない印象だけど
つ 最近賞出し始めたんだよ、しかも大賞1000万
か 1000万……ポプラ賞じゃん
つ そうそうそうそう(笑)でも突き抜けたヒットはまだ出てない。あと新潮社のミステリーといえば社会派。高村薫と松本清張、まあ、あと一応筒井
か そうか、一応ミステリーか
つ 家族八景もいえなくはない。あとは普通に文学系が多いね。北山猛邦といえば面白いのがあるんだけど、角川文庫に戻ってもいい?
か あ、いいよ
つ (角川の棚にて)うん、そうですね、ここのジュンク堂には北山猛邦の文庫が置かれていないということで今日は解散で……
か (笑)
つ 幽霊とか妖怪とかと同級生で、幽霊×学校の短編があったんだけど
か 『つめたい転校生』?ああ、読んだ読んだ。あれはよかった
つ あ、読んでたならちょうどよかった
か この人最近推されてるよね、綾瀬まる。椎名林檎か誰かが帯を書いてたような気がする
つ あのね古野まほろがね、「セーラー服と黙示録」っていうシリーズでね、探偵女学校があって各女の子が得意な分野をもってるってのがあって、『天帝』より好き
か へえ、『天帝』しか知らなかったな
つ 『天帝』はね、熱意が面白さを妨げてる(笑)あ、そうだ文春はね、海外ミステリー強いよ。『ボーンコレクター』シリーズが全部ある
つ 一回映画化もされてて、劇場型犯罪者と全身麻痺の捜査官が対決する話なんだけど、犯人がめっちゃかっこよくて。特に『ウォッチメイカー』のウォッチメイカーっていう犯人がかっこいい
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か ウォッチメイカーってめちゃくちゃかっこいいね
つ かっこいい犯罪者ランキングを作ってるんだけど、ウォッチメイカーは二位
か 一位は?
つ 『太陽黒点』のやつ。ちょっと具体的に言ったらあれだけど
か ああ、確かにあれはかっこいいね。……あれ、あれはなんだったけ、ハードボイルド物で、ナンバー2の……
つ ああ、『深夜プラス1』
深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))
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か なんだっけあいつの名前
つ ハーヴェイ、確かハーヴェイ。いつも右手を挙げてるアル中ね
か 新刊コーナーとか見てみる?ジョン・ル・カレの孫の本があるかもしれないし
つ 行こう
か あったあった、『時をとめた少女』、ヤングは『たんぽぽ娘』も面白かったな
- 作者: ロバート・F・ヤング,シライシユウコ,小尾芙佐,深町眞理子,岡部宏之,山田順子
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つ いっそ、冒険してみよう。河野裕の『最良の嘘と最後のひと言』。『いなくなれ、群青』の人の
か 『サクラダリセット』とかね、流行ってるもんね
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つ また村上春樹(の文体)なのか気になる。あ、はいはい、おすすめ。俺、架神恭介好きなんだけど、『よいこの君主論』と『仁義なきキリスト教』は二大鉄板で好き。これめっちゃ面白い
か あれも面白かったな、『もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら』
つ これはキリスト教の歴史を任侠物でやってる。ルターのくだりが死ぬほどおもろい。架神恭介のすごいのは意外とちゃんとしてるってとこ(笑)
か かみ砕いてくれてるもんね
つ 『英雄はそこにいる』。え?島田雅彦こんなん書いてるの?え?この人こういう人だった?え?
か 時代に乗ったんじゃない?(笑)
つ めっちゃ気になるわ(笑)竹本健治も推されてるな
か 『囲碁殺人事件』ね
つ あ、詠坂雄二の『ナウ・ローディング』面白そうなんだよ。最近ゲーム系の小説書いてて、要するに押切蓮介みたいなのを書いてる
か 詠坂ね、『リロ・グラ・シスタ』とか『電氣人閒の虞』とか拾われなかったメフィスト作家っていう感じがある
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つ 途中から趣味に走り出すのもそれっぽいよね。ちょっとちくまの方見ていい?
か うん
つ 普通にさ、土屋賢二の『われ笑う、ゆえにわれあり』とか好きなんだよね
か 中公は、ファンタジーでなんだっけ「蝗」みたいな字のやつが面白かったよ。がちがちのファンタジーで一巻完結なんだけど
つ でかい蝗が人を襲って四大魔王がそれを鎮めるみたいな……『魔法少女プリティ☆ベル』のネタなんだけど。中古は時代小説とかルポが多いな
か まあ中公は真面目だからね
つ ちくま、岩波よりも断然好きなんだけど、河出にとりあえず行こうか。河出は文学からミステリーから評論から
か そろってるね
つ 今更ねえ『A感覚とV感覚』を復刊させるセンスよ
か 今年なんか稲垣足穂、いろいろ復刊されてるね
つ 稲垣足穂が頼んでもないのにBLについて熱く語るっていう
か 足穂好きな人って寺山修司好きっていうイメージある。足穂は『一千一秒物語』くらいしか読んでないな
つ どうしようかな、今更久生十蘭薦めてもあれだしな、海外の何かおすすめしよう
か 『西瓜糖の日々』が新しいカバーで出てる
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つ 推してるメンツが死ぬほどそれっぽい。あと、フランスの名画で必ず名前が挙がる『太陽がいっぱい』っていうハイスミスの小説があって、『キャロル』で最近有名になったけど、もともとはサスペンス小説家で本来の作風は『キャロル』じゃないのよ。あとホームズも新訳で出てる。ブコウスキーもなぜかたくさんあるし
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か ブコウスキーは最近流行ってるからね
つ 『パルプ』まで復刊したしな
か やっぱりみんな疲れてるんだろうな
つ 癒しを求めてる。あ、ウェルベック読みたくて仕方ないのよ。ただ『地図と領土』ですら高いんだよな。で、なぜか『ある島の可能性』と『プラットフォーム』だけ河出なんだよ
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か 『ある島の可能性』だけもってるな。まだ読んでないけど。けっこうウェルベック好きな人多いね
つ ジャック・リッチー、おすすめしたかった。タイムマシンで人殺すところ目撃しちゃったから、金くれたら黙っててやるってなる
か ジャック・リッチーさ、『30の神品』に入ってなかった?
つ 入ってるよ。ええっと、「旅は道連れ」っていうのが
か ああ夫の話するやつか
つ そうそう、まあ星新一のミステリー系の話を集めた人。それでいくとフレドリック・ブラウンとか……
か あ、ブラッドベリの「みずうみ」も好きだったな。ああいう抒情がたまらない
つ 皆川博子とか好きそうだけどな
か 『倒立する塔の殺人』とか何冊か読んだよ、面白かった
つ じゃあ、これ以上文庫を行くと手が出ないので、ハードカバーに行きますか。その前に一回ちくまに触れていい?ちくまは最高ですよ
か 獅子文六とかもそろってるしね
つ 獅子文六先生最高ですよ、いい意味で朝ドラか80年代のアニメを見ているような気分になる。新作の『青春怪談』なんてほぼほぼ『学校の怪談』やん
か 絶対面白いもんなあ、獅子文六
つ 面白いよ、『七時間半』とかねえ、いや伊坂幸太郎の『マリアビートル』ってほぼほぼこれじゃねえかっていう。『スナッチ』と『七時間半』を混ぜたら『マリアビートル』になる
か そうなの(笑)
つ で『コーヒーと恋愛』っていうのは、ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』っていうのとだだかぶってる
か ジャームッシュ、そういえば『ストレンジャー・ザン・パラダイス』見たよ。いいアメリカの映画って感じだった
つ 会話と雰囲気だけでいくっていう。つげ義春のエッセイもあるしなあ。『こちらあみ子』って面白い?
か 面白いよ。視点がアスペルガーで、周りのことの馴染めなさみたいなざわざわがずっと続く感じ。全体的に病気っぽい視点で書かれてて、この感じは古井由吉の『杳子』に近いものがある
つ へえ、すごいな
か 『あひる』とかでも有名になったから今の注目株だと思う
つ 『オシリスの眼』、まだ読んでないけど、ド古典だから気になる。あと丸谷才一の『快楽としてのミステリー』めっちゃ面白い
か 丸谷才一は強いよね
つ そういう人って違うジャンルをくっつけてしゃべるから面白いんだよね、文学のあれとミステリーのあれみたいに
か 二階堂奥歯がさ、大槻ケンヂの『ステーシーズ』と泉鏡花の『外科室』を並行して紹介してて、「好きっ」てなった
つ あ、P+Dのシリーズは最高。俺が今この話しなかったら、ブログ読んでる人半分くらい損する
か (笑)
つ 赤江瀑の『罪喰い』と『春喪祭』廃版なんだけど、ここでだけ復刊してるの。しかも600円
か 安。赤江瀑和風ゴシックって感じで面白いもんな
つ やばない?あと笹沢佐保も復刊してて、昭和文学だから栗本薫の伝記小説とかそういうのが多い。中上健次も復刊してる
か これは要チェックだね
【ハードカバーコーナーへ】
つ 北山猛邦を所望ならね、『オルゴーリェンヌ』
か あ、めっちゃ好きそう
つ 主人公がミステリーを検閲しなきゃいけない世界の話
か これはチェックしとこう。たぶん、今年くらいに文庫落ちしそうだし
つ ミステリーのハードカバーって量多いね。行ってほしいのは『おやすみ人面瘡』だったけど、『東京結合人間』しかないな
か 白井智之……?
つ そう、『さよなら人面瘡』は、唐突に人面そうが浮かんでくる世界での殺人
か 谷崎潤一郎みたい(笑)
つ この人は『パノラマ島奇譚』みたいな世界観で殺人が起こって、その世界ならではの方法でトリックがあるみたいな
か ああ、いいね。異形ミステリー
つ で、これは男女が結合して子供を産むって世界
か 『ムカデ人間』みたいな
つ きもいミステリーの星。横溝正史賞でデビューしたのがすごい
か へえ、『人間の顔は食べづらい』とかも面白そうだ。海外ミステリーの方が文庫落ちしないのかね
つ あ、一個おすすめがあって『超訳ラブクラフト』っていう。ラノベみたいな感じでクトゥルフを翻訳してるの
か 『ニャル子さん』ではなく?
つ いや、あれは超訳ではない(笑)
か あ、『うさと私』読んでてふふってなるよ
つ 澁澤龍彦のミステリー選集ほしい。『日本幻想文学集成』……あ、日影丈吉買おうよ
か もってる、河出から出てるよね
つ あ、クトゥルフコーナーなんてあるんだ。菊池秀行とかばっかりのレーベルがある。あほや(笑)
か クトゥルフ神話で一番好きな登場人物は?
つ ま、イースの偉大なる人々。断然かっこいい、知能勝負でヨグ・ソトースを使わずとも時を操作でき、人間と精神を入れ替え、操作するというSF感
か いいねえ、俺はティンダロスの猟犬かな。角から出てくるっていう謎の設定
つ ティンダロスもねえ、いいけど知性がないんだよな
か それは確かに
つ ポケミスはいいな、おじいちゃん世代くらいにファンが多い。『エンジェルメイカー』いってほしいな。それか浜尾四郎の『殺人鬼』。大正くらいのミステリー
か やっぱり高いな
つ 『エンジェルメイカー』いってほしいな。『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』はアメリカで作られた『機龍警察』なんよ。気になる
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)
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か 誰かが読んでたな
つ ジェイムズ・エルロイの新刊とかスティーブン・キングのがちミステリとかも気になる。『ミスター・メルセデス』っていうくそださい名前の(笑)
か 日本でいったら「ホンダさん」とか「トヨタさん」みたいな(笑)
つ (笑)メルセデスで人を轢くからミスター・メルセデス。だせえ、ださすぎやろ(笑)
か ジョン・ル・カレはいるね
つ 孫はなぜか置いてないんだよな
か いやいや、でも赤江瀑が手に入ったのはよかったな。あのシリーズ、中上健次くらいしか気にしてなかったもんな
つ ブログを読んであのシリーズを読むことで、どんどん復刊されていくのでぜひ
【文庫コーナーへ】
か ほしおさなえとか読んだことある?
つ ない、面白い?
か いや知らなくて、東浩紀の奥さんらしいんだけど。『ヘビイチゴ・サナトリウム』の人
つ ああ、そういえば気になってたわ。土屋賢二って読んだことある?
か ないな
つ お茶の水の哲学の教授で、森見登美彦の前にあきらかに森見登美彦をやっている人。あの地の文の詭弁を天然でやっちゃった人
か どれがいい?
つ 『われ笑う、ゆえにわれあり』か『われ大いに笑う、ゆえにわれ笑う』、でも置いてないな
か 置いてあってほしいな。獅子文六とかいっとこうかな
つ 何気にみんなすぐやめちゃうブラウン神父シリーズの『ブラウン神父の知恵』が面白い
か 一作目でやめちゃうもんね。『ブラウン神父の童心』、面白かったな
つ あと山田風太郎もね
か 『幻燈辻馬車』とかね。でも獅子文六気になっちゃうな
- 作者: 山田風太郎
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つ おすすめは『七時間半』だな。七時間半の電車の中での群像劇。三角関係とか
か あえて『ゴッチ語録』とか
つ ああ、目の前で『ゴッチ語録』読まれたらちょっとひいちゃうけど
か (笑)
つ まあ、『七時間半』かな
か ミステリーでまだ見てないやつとかある?
つ さっき話したけど、代表作よりもよっぽど面白い『曲がった蝶番』とか『白い僧院の殺人』とか。横溝正史はディクスン・カーがやりたくて金田一シリーズを始めたんよ、まんまです
か カーター・ディクスンとディクスン・カーって同一人物だっけ
つ うん、名義が違うだけ
か カーありだな
つ 横溝正史好きなら、うわ、まんまオマージュやんってわかるくらい似てる
か どっちがよりおすすめ?
つ 『曲がった蝶番』は出来がめっちゃいい。けど、キャラとか雰囲気を含めて『白い僧院の殺人』を超すすめる
か 買っちゃおうかな
つ あと『さむけ』のロス・マクドナルドの奥さんのマーガレット・ミラーが書いてるアメリカ文学が好きそうな人がはまりそうなこれ。新興宗教の調査に行く主人公の話で、人生の儚さとか社会の危うさを描きつつ、心の交流も書きつつ、ハードボイルドするっていう
か 『まるで天使のような』、チェックしとこう。いいね、全然知らないところがチェックされていくのいいな
つ あ、これは歌舞伎役者が探偵役っていうシリーズで、日本の短編の面白衝撃ミステリーといったら大坪砂男の『天狗』か『グリーン車の子供』
か 『天狗』はめっちゃ笑ったけどな
つ 『天狗』ほどは笑わないけどね、普通に感心する。あとこれ面白いよ
か 『名探偵に薔薇を』
つ 『スパイラル』とか『絶園のテンペスト』の原作者が、もともと推理小説かとしてデビューしてて、それのファースト
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か へえ、知らん人多いなほんとに
か お、猫丸先輩も推されてる
つ カズレーサーが紹介したっぽいね。どうする?俺まだやろうと思えばアガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』と『アクロイド殺し』と『オリエント急行の殺人』と『そして誰もいなくなった』より面白いのがあるのでそっちに注目しましょう、のコーナーをできるけど(笑)
か やるだけやろうか、せっかくだし(笑)俺は『オリエント急行』が今んとこ一番好きだな
つ そもそも動機と犯行に至るまでの推移がうまい作家で、『ゼロ時間へ』と『杉の柩』がよい
か クリスティーってめっちゃ読みやすいよね、びっくりするくらい読みやすい
つ 『謎のクィン氏』も面白いんだけど、これは正体不明のハーレクィンっていうイケメンが、美術館で絵を見てる人のところで謎を解いて去っていくっていうやつ。あと『パーカー・パイン登場』も好きで、恋愛事件を心理的に解決する、『怨み屋本舗』とかを最初にやったやつ。めっちゃ面白いの
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か いいなあ
つ クリスティーを馬鹿にする前に『パーカーパイン』を読んでほしい。やろうと思えばいくらでもしゃべれるもんな
か ね、本屋はいくらでもしゃべれる
つ まだ泡坂妻夫の話とかしてないもんな。まあやってたら永遠に終わんないしな
か なんか一言ある?
つ 面白い本は面白いですね
か そりゃね(笑)
つ 意外と気づいてない本とか廃刊になってる本が本屋の隅でこっそり復刊してたりするので、しかも新規レーベルとかで、みなさん本屋は隅々まで見ましょう
か おお、いい格言が残されたところで今回は終わりにしましょう
(2月27日 於:大阪梅田ジュンク堂)
《今回のお買い上げ本》
・ベントリー『トレント最後の事件』
・赤江瀑『罪喰い』
・カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』
・飛浩隆『グラン・ヴァカンス』
・山口雅也『生ける屍の死』
・コリン・デクスター『ウッドストック行最終バス』
・ジャック・リッチー『クライム・マシン』
・インドリダソン『湿地』
0000書店紀行初の10000円以内でのお買い上げができました……
0000書店紀行:第三回ミステリー~前編~
0000(ゼロヨン)書店紀行とは?
月に一回10000円をもって他者と本屋に行こうという企画です。そこで紹介された本を買ったり、好きな作家の話を聞いたりしながら本屋をぶらぶらします。その月の新刊を見てみたり、ぼくが10000円以上本にお金を使わなくなったり、いいことがたくさんです。
第三回のゲストは京都の街を中心に暗躍するハイパーノベルクリエイターの土屋誠二くん。
今回ぶらぶらしたのは前回に引き続き大阪梅田のジュンク堂です。
※あいかわらず本棚を見ながらしゃべっていますので、話がとびとびになります。
かみしの(以下:か) というわけで10000円をもって本屋に行こう企画が始まりましたが、今回のゲストはハイパーノベルクリエイターの……
土屋誠二(以下:つ) その肩書きやばすぎるやろ
か 土屋誠二くんです
つ まず飛浩隆、買うんやろ?
か そうそう、最近けものフレンズが流行っていて、その関連でね『グラン・ヴァカンス』が挙げられてるから
- 作者: 飛浩隆
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2006/09
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つ あ、『ムジカ・マキーナ』ちょっとチェックしときたい
か この人何の人だっけ、『カラマーゾフの妹』だったっけ
つ そうそう、もともと海野十三をがちにしたみたいなSFミステリーを書く編集者なのよ。これあれだよ、海野十三にもある音楽を聞いたら人を支配できるとか、そういうのをミステリーにしたやつらしいよ
か へえ、面白そう
つ あとこれ、さっきからおすすめしてたやつ。『エンジェルメーカー』
か おおー……高っ。2800円か……でも気になるなあ。ニック・ハーカウェイ
つ 二年くらい前の注目作やったなあ
か 時計を修理すると世界が終わる。とりあえず飛浩隆だけ、あれ『グラン・ヴァカンス』って続編もあるんだ
つ あるね、たぶんこれだけでも完結してると思うけど
か じゃあとりあえずこれだけ買っておこう。SFとかどうなん?
つ がち猟師の野尻抱介さんとか
か 狩猟で暮らしてる(笑)
か 冲方丁とかか
つ そうだね、あ、これ面白そうだよね神林長平の『いま集合的無意識を、』
か あ、伊藤計劃が話題になった時に出たやつだよね
つ そう、当てこすりのように出したやつ(笑)『サマー/タイム/トラベラー』ほしいわ
か あーいいねー
つ 最近わりと海外でも時間系青春SFとか復刊してきたよな。ヤングとか
か 『時をとめた少女』とか出てたね
- 作者: ロバート・F・ヤング,シライシユウコ,小尾芙佐,深町眞理子,岡部宏之,山田順子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/02/23
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つ あれ超面白そう。ハヤカワJAな、SFは豊富だけどミステリーは少ないんだよな。あ、これおすすめ『さよならアリアドネ』
か それ前気になった
つ タイムトラベルもので、でも高校生とかじゃなくて夫婦で、『忘念のザムド』の監督。『キングゲイナー』の演出とか。アニメ監督が書いた小説。ライターとか監督とか、小説やってる人以外が書いた小説が気になる
か そうね、脚本家とか
つ これもだいぶ話題になってたね、『あなたのための物語』
か 長谷敏司、『円環少女』の人だよね。短編集は読んだことあるなあ。短編が面白そうだったからこれも読もう、と思ってまだ読んでないパターンのやつだ
つ 『上弦の月を喰べる獅子』とかJAに入るのか
か ああ、夢枕獏
つ あのさ、これめっちゃ面白くない?フィリップ・K・ディック総選挙の1位『ユービック』だって
か 総選挙なんてやってるの(笑)
つ 絶対『バーナード嬢曰く。』のせいだって(笑)普通に『ザップ・ガン』読みたいんだけど。「兵器ファッションデザイナーが手掛ける究極兵器ザップガンとは」っていう帯がすごい
か ゲームにありそうだよね。ディックは何がいいかな、『変種第二号』とか面白かったな
つ おお表紙いいねえ
か 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の短編バージョンみたいな感じだけどね
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
- 作者: フィリップ・K・ディック,カバーデザイン:土井宏明(ポジトロン),浅倉久志
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1977/03/01
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つ 俺もディック読んでいこう。冒険小説とかを叩き込んだハヤカワNVっていうレーベル
か NVって何の略何だろう
つ ヌーヴェル・バーグ
か 嘘だ(笑)
つ (笑)ほとんど冒険小説とか、大人向けのファンタジーとかなんだよな
か トレヴェニアンの『シブミ』があるじゃん
つ 「シブミ」という特殊能力を持っている殺し屋の話(笑)『夢果つる街』とか面白いんだけど廃版になってるんだよな。ハード・ボイルドで『セブン』みたいな内容。トレヴェニアン、ハーバードの教授らしいよ
か すごいな!
つ ずっと覆面でやってて……あのさ、こっから一つおすすめがあるんだけど、なんと置いてないという
か なんてやつ?
つ 『卵をめぐる祖父の戦争』
- 作者: デイヴィッドベニオフ,David Benioff,田口俊樹
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/12/05
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か おおーチェックしとこう。このギレルモってあのギレルモ?
つ 違うでしょ……あれ、あのギレルモだ(笑)ああ、原案か。小説書いてたら面白いなって思ったけど。ちなみに『シブミ』の続編をドン・ウィンズロウっていう作家が書きなおすっていうのめっちゃ面白い
か 『シブミ』ってそんなに影響与える小説だったんだ
つ マニア人気が高いらしいよ。カルト人気
か このシブミは日本の「渋み」なんだよね(笑)
つ そうそう、この殺し屋は日本の将軍に育てられたから
か これさっき言ってなかった?ジョン・ル・カレ
つ スパイ小説の大御所で、『裏切りのサーカス』の原案とかしてる人でその孫娘が小説家デビューして最近新作を出したんだけど、それを買ってほしい。買ってほしいんだけどそれも置いてない(笑)さて、ハヤカワミステリ文庫
か きたね
つ 本番来たね
か (笑)ちなみに好きな作家と言われたら誰をあげる?
つ チェスタトンかな。今ばんばんチェスタトン。あとアイラ・レヴィン、コリン・デクスターとか。ちょっとかっこつけたけど(笑)あとはディック・フランシス
か ディック・フランシス?
つ デビューから今まで競馬の小説ばっかり書いてる人(笑)もと騎手かなんかで。あとは泡坂妻夫、連城三紀彦、久生十蘭とか
か ごりごりやね
つ 太宰、安吾、織田作……あと丸谷才一。天才。たまにハヤカワとかであるんだけど、売れなさ過ぎて背表紙がめっちゃすれて図書館みたいになってるやつあるよね
か (笑)あるね
つ そういうやつを「あ、これだ」って言いたいんだけど、そういうのって本当にマニアックなんだよね(笑)
か 知らないもんね(笑)
つ 何すすめるか考えてこなかったから、適当にしゃべりながらすすめるね。しゃあないけど、ハヤカワに文句あるんだよ。文庫なのに高いんだよ
か それはあるね
つ うーん、とりあえず『ウッドストック行最終バス』かな。多重推理といったら。『毒入りチョコレート事件』を全部モノローグでやってて。なんかポストモダン文学好きの評価も高いっぽいよ
か まあ『毒入りチョコレート事件』も形式がすごく面白かったもんね。次々と推理していくっていう。舞城王太郎と同じだよね
つ それを一人でやっているていうメタ感と風景描写すらあいまいにしているのにトリックだけはがちっていう(笑)結果的に俺は何を読んでいたんだってなる
か ピーター・ラヴゼイもなんか言ってなかったっけ
つ あーラヴゼイ超好きやわー、この人こそね外国の連城っぽいな。文章しっかりしてて、話もよくできつつ、ユーモアも利かせてるから、あれやな、泡坂妻夫と連城三紀彦が子供作った感じ(笑)
か まじか、めっちゃいいじゃん。ホワイダニットの名手こと連城三紀彦
つ ホワイダニットといえば連城だもんな。グレアム・グリーンももともと諜報機関の人で、映画の原作とかもやってる
か 『第三の男』とか有名だよね。グリーンはどれだっけ、『情事の終り』か、これだけ読んだな。講義で遠藤周作の関連でキリスト教文学っていうくくりで
つ なるほど。ケッチャムとかそこらへんの作家ばかり復刊させる文庫がさ、復刊してから1年くらいで廃版にさせるからさ、おすすめしたいやつが置いてない(笑)
か ケッチャムは『隣の家の少女』でお腹いっぱいだけどね(笑)
- 作者: ジャックケッチャム,Jack Ketchum,金子浩
- 出版社/メーカー: 扶桑社
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つ 他の作品もB級スプラッタ映画みたいで面白いらしいよ。この『熊と踊れ』が今年のこのミスで1位とって、ハードボイルドの新人で久しぶりにすごいやつ出てきたって盛り上がってて
- 作者: アンデシュ・ルースルンド,ステファン・トゥンベリ,ヘレンハルメ美穂,羽根由
- 出版社/メーカー: 早川書房
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か これ二人で書いてるんだ
つ これも読んでほしいんだけど、一旦置いとこう
か 創元推理文庫行ってみようか
つ あ、『ラブクラフト全集』全部ってのはどう?(笑)
- 作者: H・P・ラヴクラフト,大西尹明
- 出版社/メーカー: 東京創元社
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か (笑)ちょっと待って(笑)
つ 激アツだけどね(笑)名著といわれている『吸血鬼カーミラ』とかは
か ああ、同じ作家の『ドラゴン・ヴォランの部屋』は買ったよ。これを読んでから『カーミラ』読もうかと思って
ドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)
- 作者: J・S・レ・ファニュ,千葉康樹
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2017/01/21
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つ 怪奇系おさえていくのいいな。『二十億の針』とか。『寄生獣』の元祖
寄生獣 コミック 全10巻完結 [マーケットプレイス コミックセット] by 岩明均
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か へえ
つ 自分の中に異星人が住み込んで協力してくれって犯人をつかまえるやつ
か ほんとだ。『寄生獣』『ヒドゥン』の元ネタって帯に書いてある
つ 『M0』とか『プリティフェイス』の作者が書いてる『KISS×DEATH』って漫画の元ネタでもある
プリティ フェイス 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
- 作者: 叶恭弘
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か これは創元SFか
つ 売り上げは圧倒的に『星を継ぐもの』が強いらしいよ
- 作者: ジェイムズ・P・ホーガン,池央耿
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か だろうね。毎回『トリフィド時代』を読もうと思って手に取るんだけど、字がちっちゃいんだ(笑)とりあえず大槻ケンヂの曲だけでいいかなと
つ 新版にならないと小っちゃいんだよね……『トレント最後の事件』行こう
か でたばっかのやつだよね
つ 新訳でね。『容疑者Xの献身』の元ネタみたいな名作古典の
か 買ってこう。最近シャーリー・ジャクスンおされてるよね。「くじ」くらいしか読んだことないけど
つ どういう作家なの?
か なんていうか不安定な感じ。ホラーというかミステリーというか、謎がある感じ。短編だし読みやすいよ
つ ちょ、いいすか。買ってほしいやついいすか、まじで。『黒後家蜘蛛の会』
か おお、アシモフ。これって短編?
つ 短編。20ページくらいでショート・ショートも入ってる
か これ1だけでいいの?
つ うん、5も作者が途中で死んじゃってるから、話がしまってるわけじゃない
か 一話完結ものなんだ
つ そうそう。基本的に友達のおっさんが何人かで集まって、ゲストを呼んだりして身近な謎を出し合って給仕のおじいちゃんが解くって話なんだけど、これの魅力は本当にトリックがたいしたことない
か (笑)
つ なんなら道間違えてあとで気づくとか、部屋間違えてあとで気づくとかのレベルの話をアシモフがどや顔でやって、あとがきで「僕はミステリが大好きだ。こんなのを考えたんだ」みたいなことをいう
か ちょっと裏笑い的なのもあるんだ(笑)
つ 裏笑いもあるし、あとがきのアシモフがかわいいし、あと中毒性がすごい。たいしたことないんだけどずっと読んでたい。あと、謎よりもおっさん同士の会話が面白い(笑)たまに一休さんの頓智みたいなのも出てくる。あとこれがオールタイム海外短編で1位とった
か ディクスン・カーの『妖魔の森の家』
妖魔の森の家 (創元推理文庫―カー短編全集 2 (118‐2))
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つ これはすごい。カーの中でもいいカー。2割いいカーで、7割たいしたことないカーで、1割怒りを覚えるカーなんだけど、人によっては5割怒りを覚えるカーなんだけど(笑)これはすさまじいカー
か へえ、カーって何が有名?『火刑法廷』とかかな
- 作者: ジョン・ディクスン・カー,加賀山 卓朗
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つ 『火刑法廷』とか『ユダの窓』とか『三つの棺』とか『皇帝のかぎ煙草入れ』とかが有名なんよ。ただね、そこまで面白くなくて
か 密室談義があるのはどれだっけ
つ 『三つの棺』。ただあの密室談義ちょっと間違ってるし(笑)『ユダの窓』も当時の家の風習で空気窓みたいなのがあって、それがわかる前提で話が進むのよ。いやわかんないから俺ら
か ああ、当時の家の設計が念頭に置かれてるんだ
つ この問題大きいのよ。テイって作家が『時の娘』って作品を書いてて、時代ミステリーで暴君と呼ばれてた王様が実はそうではなかったっていう話をするんだけど、誰やねんお前ってなるからしっくりこないのよ
か 海外はそういうのあるよね
つ ね。クイーンは『ギリシア棺の謎』『オランダ靴の謎』が人気高いし面白い
か まずは『Xの悲劇』『Yの悲劇』を読みたい、みたいなところあるけどね
つ 面白いだけど『X』とか『Y』は推理がすごすぎて面白い系だから、一番面白いのがラスト100ページなのよ。だから最初の方がきつすぎて、それ以来クイーンを読まなくなる人が多くて、だったら『オランダ』とかをおすすめする
か 国名シリーズね、『シャム双子の秘密』とか読んでみたいんだよね
つ あ、『湿地』行こうよ。北欧ミステリー大流行で、ハードボイルド系多いんだよ。特に評判がいい
か 北欧はハードボイルド系なんだ
つ 郷愁をかきたてる風景とか、ゴシックな雰囲気とか
か あ、途中なんだけどさ、俺、北山猛邦みたいなのが好きなんだけど何かある?世界が終わってるとか奇妙な設定のやつ
つ あれでしょ、山口雅也、断然この人。そういう設定は元祖も極致もこの人
か あああ、『生ける屍の死』ずっと読もうと思ってたんだ
つ 人が死んだらゾンビになる世界で殺人が起きて……この時点でやばいっしょ
か たまらないね、やっぱりメフィスト賞系のへんなのが好きなんだよね
つ あれでしょ、ひねってるのがいいんだよね
か 麻耶雄嵩みたいなね
つ とりあえず別のところもいってみようか、創元推理文庫だけで終わらせること全然できるけど(笑)あの、一応最後に、このエドワード・D・ホックって作家がさ、東西ミステリーとかに入ってなくて注目度が低いんだけど、ユーモアミステリーを書いてる人で、少額のお金をもらって価値のないものをなんでも盗むっていう怪盗の話
か おおお、いいねえ
つ で、峰不二子みたいなライバルがいたり、彼女に自分が怪盗だって黙ってるからそれに振り回されつつもしっかり仕事はこなしたり、めっちゃ面白い。『ゴルゴ13』みたいに依頼人が怪盗をはめようとするのよ、そういう時に復讐したりする
か チェックしとこう
【移動】
つ これ耳寄りだけどハルキ文庫とか実業之日本社とかで、廃版になってた連城三紀彦の短編が続々復刊されてきてる。この『宵待草夜情』は『戻り川心中』と同じくらいのレベルだと思う
か 『戻り川心中』最高だもんな
つ ハルキ文庫とか見ない人多いから
か 耳寄り情報として書いておこう。『宵待草夜情』ってタイトルが最高だなあ
つ この表紙書いてる人も最近画集を出したりしてるし、表紙からして力入れてる
か ハルキ文庫って小松左京と詩集くらいしか見るところないって思いがちだもんな
つ これ、『顔のない肖像画』。実業之日本社は結構ミステリーが多い
か 急に出てきたよね。西澤保彦も出してるんだ
つ 池井戸潤のシリーズもここだな。……集英社、珍しくミステリーの賞がないんだよね。作家は『百舌の叫ぶ夜』の逢坂剛とか大沢在昌とかハードボイルド系が多いんだけど
か ラノベ系が強いんじゃないかな
つ スーパーダッシュ文庫とか
か ジャンプ経営してるっていうのが強いんだろうな
つ 『ガダラの豚』買っちゃえって言おうと思ったんだけど、一巻がないわ
か 『ガダラの豚』買いたいな
つ 集英社文庫で一番面白いミステリーは『ガダラの豚』です、それか『白夜行』
か やっぱりヘル・ハウスを作ろうとしていた人間としてはね、らもは読んでいかなきゃっていうのがあるよね(笑)
つ (笑)あとね、東野圭吾のエッセイが『四畳半神話大系』みたいなノリだからエッセイ好きな人おすすめ。あの、東野圭吾のエッセイは大槻ケンヂみたいなノリなので、ベストセラー作家嫌いとか東野圭吾だし、みたいに思ってる人、逆にめっちゃ面白いです
か 東野圭吾って「○笑」シリーズ、こっちの方に本気出してる説ない?
つ ナンセンス系ね
か 笑かしてこようとしてるじゃん
つ たまに筒井康隆っぽくなるしね。さて、光文社ね、講談社と同じくらいミステリーに力入ってるよ
か そうだよね、なかなか一人だと光文社手に取らないから、こういう機会じゃないと
つ 僕はね、光文社が好きで好きで仕方がないね
か 江戸川乱歩の作品選があるってことくらいしか知らないなあ
つ さっきハルキ文庫とか実業之日本社とかの話してたけど、連城三紀彦が一番本気出してるの光文社だから
か 江坂遊って読んだ?
つ 読んだよ、星新一の弟子でしょ
か そうそう、奇妙な味があって好きなんだよね
つ この人がアンソロジー組んでる『30の神品』、とてもよかった
か あれはいいアンソロジーだったね
つ あと、赤川次郎はショート・ショートめちゃくちゃ面白いから、『三毛猫ホームズ』しか読んでない人にもおすすめ。これね、そんじょそこらのショート・ショート作家より面白いよ。あえて言えば江坂遊より好き
か 赤川次郎ね、みんなが通ってきた道を通ってないから、ここで読んでみるのもありだな
つ あと岡本綺堂の『半七捕物帳』はすごい面白いっす
か 岡本綺堂ね、中国の伝記小説を下敷きにした小説集とか面白かった。『影を踏まれた女』とか
つ 『奇想、天を動かす』っていう島田荘司の傑作があってね。『占星術殺人事件』はもはや古典だから、『異邦の騎士』かこれの方がいいよ
か 確かに島田荘司といえば『占星術』みたいなところあるからね
つ ストーリーがちゃんと面白いのはむしろ『異邦の騎士』だから、『異邦の騎士』を読むつもりで『占星術』読むくらいの気持ちの方がいいと思う。『奇想、天を動かす』は、「あ、俺今ミステリー読んでる」って気持ちになるからいいよ
か 沼田まほかるとかって読んだことある?
つ 『アミダサマ』だけ
か どんな感じだった?
つ なんかイヤミスってキャッチコピー付きすぎて絶対に嫌な感じで終わらなきゃいけないっていう謎の縛りをつけられてるみたい(笑)『アミダサマ』は湊かなえとかで感じたことがあるイヤミスの感じを、横溝正史みたいな感じでやるっていう笑う感じの
か 和の感じなんだ
つ 和テイスト。えっとね、ブックガイドっていろいろあるんだけど、これは「私がミステリーだと思う小説」を集めたガイドで、普通にジェーン・オースティンとか入ってるのよ。女子受けっていうコンセプトで、他にないから面白い
読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100 (日経文芸文庫)
- 作者: 大矢博子
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か 面白そうだね
つ ミステリーファンでも、純文学ファンでも出会わないような本が紹介されてる。で、有名なやつでも、少女漫画みたいな展開、とかイケメンのキャラとか、女子の気持ちをわかってるとかの目線で書いてるから、こういう見方もおもろいわってなる
か ブックガイド作るのって難しいもんね、これは面白そうだなあ
【移動】
つ 双葉文庫とポプラ文庫はわりと無視するタイプなので……(笑)
か (笑)
つ 久住四季さんは電撃出身で、ずっとミステリーを書いてて、魔法が本当にあるという定義の上でのミステリーとかをやってて、『トリックスターズL』っていう作品が成功してる。で、つい最近創元推理から新刊が出た
か へえ
つ 角川といえば、やっぱり山田風太郎ベストコレクション
か いくつか買ったな。『明治断頭台』『妖異金瓶梅』『魔界転生』、あと『太陽黒点』。まだ『太陽黒点』しか読んでないけど、めちゃくちゃ面白かった
つ お、じゃあ『忍びの卍』とかいっとく?これ、『甲賀忍法帖』とかのシリーズで、派手なバトルありつつ、エロ忍術ありつつ、なおかつミステリーになるっていう
か あ、面白そう
つ ミステリーとしても忍法帖としても面白い。ファン人気も高いよ
か 買っとこうかな
つ ちなみにこの『夭説太閤記』っていうのは、ロリコンの秀吉が幼女とやりたすぎてやりたすぎて地位を上り詰めてロリとやるっていう糞みたいな小説で俺はめっちゃ好き
か (笑)山田風太郎って横溝正史みたいな和のミステリーなイメージあるけどさ……
つ 変態よ、変態
か 心をくすぐってくるところあるよね(笑)
つ だってあれよ、三十年前の西尾維新よ
か (笑)
つ 西尾維新も30年後くらいにいわれてるかも、「なんか西尾維新てくすぐってくるとこあるよな」(笑)黒川博行とかもね、いいんだけど
か 最近『破門』がおされてるね
つ 直木賞も取ってね、この「疫病神」シリーズは前から話題だったんだけど。もともとは悪徳刑事のシリーズの方が看板だったんだけど、徐々にこっちの評判があがってきたね。角川もミステリー結構あるな
か ミステリーってどこも一定数はある印象あるね
つ 小学館とか以外ね(笑)
か 『ドラえもん』のイメージ
つ 小学館は漫画だよな。買わないと思うけど、ほんとう誰も買わないけど『GOSICK』はね、桜庭で一番面白い(笑)
か (笑)
つ ミステリーが面白いとかじゃなく、キャラがかわいいのはもちろんいいんだけど、一番は桜庭一樹が本気で書いているというのがいい
か 桜庭一樹はやっぱりこういう方向性だよね
つ この方向性の桜庭たんが一番萌えるんだよ。あと『少女キネマ』文庫で出てんじゃん
か ほんとだ、単行本で買っちゃったわ
つ この帯のさ、「Twitterで大絶賛」ってなんかやめてほしいわ(笑)もともとはニトロのライターだよね
か 『まどマギ』のノベライズかなんかもしてたよね。ニトロは強いね。あ、大槻ケンヂも新刊だしてる、なんか大槻ケンヂっぽくいな
つ 装丁、『神様のカルテ』とかの人だね
か 中村佑介のフォロワーというか。「ハルチカ」シリーズの新刊も出てるんだ
つ 「ハルチカ」はあんまり読んだことないな
か 「ハルチカ」はね、あんまり、こんな(帯の映画化の写真)ラブコメの感じじゃないんだけどな
つ それおかしいよな、映画の予告見たときに「吹奏楽にかける私たちの青春ラブコメストーリー」みたいな感じだったけど違うよな
か ちゃうちゃうちゃうちゃう(笑)もっとどろどろしてる
か これ気になってんだよね。『おそれミミズク』、ホラーボーイ・ミーツ・ガール
つ 面白そうやな。京極夏彦の漫画が文庫で出たんだけど、『姑獲鳥の夏』は漫画版の方が俺は面白いと思う
か へえ、小説の方も面白かったけどな
つ 漫画の方が断然面白いと思った。『魍魎の匣』とかは小説が強いんだけど
か これメフィスト賞の中でも変に評価高いんだよね。『死都日本』。ただめちゃくちゃ重そう
つ 面白そうだけど、食指が動かなかったんだよね。講談社は……奇抜なやつ多いね
か そうね、やっぱり『クロック城』とか舞城王太郎とか西尾維新とかあっこらへんが好きなので、ミステリーでどこにくるかってなったら個人的にはやっぱり講談社なんだよね
つ 歌野晶午とかもそうだもんね。ちなみに歌野晶午は人にもよるけど『葉桜の季節に君を想うということ』よりも、『密室殺人ゲーム』『世界の終わり、あるいは始まり』のほうが面白いです
か そうね、『葉桜』は変なイメージついちゃうよね
つ あと、海外はディック・フランシス、日本は岡嶋二人が競馬二大ミステリーなんだけど、あくまで個人的には競馬じゃない方が岡嶋二人は面白い。人さらいの岡嶋二人って呼ばれてるんだけど、誘拐ものじゃない方が面白い。『そして扉が閉ざされた』とか『クラインの壺』とか
か 『そして扉が閉ざされた』は面白かったな、クローズドサークルものでね。『クラインの壺』も読もうとは思ってたんだけど
つ 『SAO』とかの元ネタだしね
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か ゲームの中に入る系のね
つ あ、『盤上の敵』面白いよ
か 『盤上の夜』ではないんだね
つ (笑)自分の家に犯人が立てこもって、その家の家主が人質を取られてて犯人と交渉する話で、チェスに例えてるのよ。日常の謎をよく書く作家だけど、ばりばりのサスペンス。犯人と丁々発止のやりとりをする
か 北村薫ね、いろいろ積んでんだよね。『リセット』のシリーズとか、『空飛ぶ馬』シリーズとか
つ わりと地味な作家なんだけど、これは派手。売ってなかったけど山口雅也の『キッドピストルズ』とかは変な設定で面白かったな。『コズミック』はパクったなとか思ってるんだけど(笑)
キッド・ピストルズの冒涜―パンク=マザーグースの事件簿 (創元推理文庫)
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か そのノリでいったら『黒い仏』とかね
つ あれね、面白いね。ミス研で思わず落ちをいったら「それ絶対言わない方がいいですよ」って言われた(笑)
か (笑)『どんどん橋落ちた』も新版で出たんだ
つ これなぜかもってる人多いんだよな
か 読者への挑戦状が入ってるやつだよね
つ そうそう。なぜか『十角館の殺人』と同じくらいもってる人が多かった。珍しいなと
→次回、単行本コーナーへ
★第二回0000書店紀行はこちら☆
後編はこちら↓
桃色の海
僕は毎日街へ出て、かわいいものに出会う。
今日は白い毛をした猫に出会った。歩き回るのに疲れてふと目についた公園で座っていたら、にゃあんと喉を鳴らしながら一匹の子猫が僕のそばに近寄ってきて毛づくろいを始めた。僕は大の愛猫家である。飼われている猫はもちろんのこと、例え野良であったとしても暫く見つめていると、実に様々な表情を見せてくれる。中でも僕はのどかな晴れの日、縁側でごろごろと日向ぼっこをしている猫の、目を細めた幸せそうな顔が一番のお気に入りだ。今、僕の足元に寄ってきた猫も、毛づくろいを終えるとそんな表情をしながら、丸くなって日向ぼっこを始めた。
その綿毛のようになった猫を見た僕は、発作的に握りつぶしたくなった。僕はかわいいものを見ると握りつぶしたくなるのだ。猫に鰹節、人間にかわいいもの。僕はきっと正常だろう。湧き上がる感情を抑えきれなくなった僕はその白猫を思い切り、ぎゅっと握りつぶしてしまった。次の瞬間ぶよんという心地よい感触と共に猫はいくらか粘性を持った桃色の固体となり、僕の手の中に握られていた。
僕は些細な罪の意識を感じながらもそれを左のポケットに突っ込んで家に帰った。そうしていつものように僕の部屋にその桃色を投げ入れた。何年も前から僕はこの桃色を集めてきた。この桃色はかつて小鳥だったこともあり、ハムスターだったこともあった。今ではそれはちょっとした寝床を作れるほどの量であり、そこに全身を埋めるのが僕の日課になっている。
桃色の寝床はもよもよとした不思議な感触である。匂いはないが、弾力があり、包まれると妙な安心感と性的な高揚感がある。かわいいものを見ると感じる悶え、丁度あれが内からも外からも起こっているような、若しくはジェットコースターで頂上から急降下する時、下腹部に蠢く浮遊感のような、とにかく一度味わえばそれなしでは生きていけないほどの幸福感に包まれるのだ。勿論、生き物を握りつぶして桃色にしてしまうことがよくないことであるとは重々承知である。だが、握りつぶしたいという鬱屈した感情を、握りつぶすこと以外に晴らす術を僕は知らない。だが安心してほしい。僕はまだ人間を握りつぶしたことはないのだ。
次の日も、その次の日も僕は街に出て、かわいいものに出会って、そして握りつぶした。何日も経つと、もよもよの桃色は遂に絨毯になった。毎日歩き疲れて、足が棒になった僕は、すぐに部屋に行き桃色の絨毯に足をうずめる。くすぐったいような、纏わりつくような不思議な感触で、桃色の絨毯は僕の足を包み込み、そして癒してくれた。もしこの桃色で満たされた湯船に浸かったならば、疲れも魂もきっとなくなってしまうに違いない。大量の桃色が僕の全身を包み込むのを想像しながら、僕はどうしてもある不埒なことを考えずにはいられなかった。今僕の足を癒している桃色は、全て小動物の桃色なのだ。もし、もしも人間の桃色を湯船にためられたならば、そこに浸かれたならば。日に日にその淫靡な妄想は膨らんでいく。ねえ、我慢することは健全なのかい。
それは小さな、といっても僕とそう年の変わらない女の子だった。ある日公園横の交差点で信号が変わるのを待っていた僕は、彼女に出会った。いや、恐らく彼女は僕を認識していなかっただろう。なぜなら彼女は僕に気付く前に物思わぬ桃色になってしまったのだから。彼女の桃色はハムスターのそれとは比べ物にならないほど柔らかく、大きく、そして幸せであった。彼女は白い服を着ていた、気がする。大きな瞳で、赤が青に変わるのを今か今かと待っていた、気がする。今ではもうどうでもよいことである。
もちろん罪悪感はある、しかし達成感もある。不思議な感覚だよ。恍惚と引け目は、ひょっとしたら同時に訪れるものなのかもしれないね。とにかく彼女は桃色になり、僕の右ポケットにちんまりと納まっている。右ポケットにしたのは、多分彼女への細やかな後ろめたさからであろう。
部屋の前に立つと、僕の心臓は大きく脈打った。胸が高鳴るのは人間の桃色に包まれることへの期待だろうか、それとも彼女への感謝だろうか。わからないまま、僕は部屋に桃色を投げ入れた。
瞬間、桃色はもりもりと盛り上がり始め、十秒と経たないうちに僕の部屋のドアを壊し、あふれ出てきた。僕は足から腰、腰から首へとせりあがってくる桃色を呆然と見ていた。感じていた、という方が正しいのかもしれない。何故桃色が爆発的に増えたのか全くわからない、桃色がどこまで増えるのかもわからない。しかし今や僕の頭の先まですっぽりと覆った桃色は、僕に痺れるような幸福感をもたらした。息なんてできなくても構わない。もしこのまま桃色が増え続けて世界を覆ってしまっても、皆がこの幸福感を味わうことができるのならば、案外それも悪くないかもしれない。そんなことを考えながら、僕は目を瞑った。
2010年『紫』1号より
『群像70周年記念号』全作レビュー7~焔の中~
予定では去年のうちに全部の作品についてレビューし終わるはずだったのですが、そううまくいくはずもなく、まだまだ序盤の『群像10月号』全作レビュー。
今回も前回までの第三の新人ラッシュに引き続き、第三の新人界のエロ枠担当こと吉行淳之介「焔の中」です。
少しふざけましたが、やはり得意分野というかテーマとしているものというのが文学にはあって、例えば遠藤周作なら宗教だし、庄野潤三なら家族だしといった具合です。
吉行淳之介には花柳小説、いわゆる遊郭を舞台とした小説も多く、そういう枠組みで語られることが多いというわけです。
この「焔の中」は自叙伝的な、そして前々から「第三の新人」の特徴としてあげているような小市民的な作品なのですが、やはりちょっとだけそういう場面があります。
というか、むしろ主題のひとつとして「性」との向き合い方というのが書かれているのが、この小説ではないかと思います。
まずは物語の作り方として、この小説の最初の一文は次の通りです。
瞼の上があかるくて、耳のまわりで音がざわざわ動いているので、厭々ながら思い切って眼をひらいた。
少し読み進めると、こうした文章が登場してきます。
めずらしく前夜からこの朝にかけて、空襲がなかったのだ。いつもは、耳のまわりでざわざわ動いている音のために眼覚めると、その音は警報のサイレンとか塀の外の舗装道路をあわただしく走る靴の音などであった。
つまり、この部分だけでタイトルの「焔」がいったい何のことなのか、というのが説明されることとなります。やはり時代も時代、「焔」とは空襲による炎のことである、というのがここで仄めかされます。
さらにうまいのは、はじめに感じた「音」がいつもとは違って、空襲にまつわる「音」ではないことが示唆されています。つまり、この一日が何か「特別」である、ということが冒頭から暗示されているのです。
実際すぐ後に、
若い女中が作ってくれた朝食の、不可思議な旨さ
という形で「不可思議」という言葉を持ち出すことで、いつもとは違う特別性を演出しています。やはり平凡な一日よりかは、特別な一日のほうが物語にはなりやすいので、この時点で何か起こるのではないかという予兆を読者に孕ませることになります。
もっといえばこの作りは、静→動の動きをも作りだしているので、読者を引き込む演出としても成功しています。
このあたりは、例えば遠藤周作の『海と毒薬』でも同じ手法が使われているし、ホラー映画なんかでも平凡な日常が最初に描かれることが多いので、なんとなく了承してもらえるのではないかと思います。
付け加えてもう一点。なんらかの「音」に目覚めてしまうような、繊細な「心の動き」が主人公に存在していることも、ここで推察することができるようになっています。
この後は、その心の動きが主題として語られていきます。
まとめれば、初めの一文に①特別感の演出、②静から動の演出、③主題の表出、④タイトルの説明という4点を詰め込んでいるのです。
すんなり書いているように見えますが、結構作りこまれている感じです。
今度は話の主題になりますが、この作品を貫いている主人公の心象は次のようなものです。
自分の生が数歩向こうで断ち切られているとあきらめた場合、日常生活の煩わしさのうちの大そう多くの部分を切り捨ててしまうことができる。
これは、現代でも処世術として実行している人がいるのではないかと思います。要するに、どうせ死ぬから少しの傷はどうでもいい、というやつです。
現代では、基本的には自発的に死のうとしなければ生きられる世の中ですが、冒頭でも書かれているように時代は第二次世界大戦。
戦争の終った後の日々の中には、僕はすでに存在していない筈だった。
という実感が若者の中に、肉体性を伴って存在している時期です。
とはいえ、これだけだったら戦時中の青年の心の動きを書いているわけで、いわゆる普遍性は得られないということになります。
いかなる状況であれ、やはり描かれる青年の心境は次のようなもの。
青春、というか思春期といった方が正確か、ともかくそれはぼくにとっては、明るく美しいものの要素よりも、陰気でべたべたからまりついてくる触手のいっぱい生えた、恥の多い始末に困る要素がはるかに多いものであった。
僕はまだ、童貞という濡れたシャツを脱ぐことさえ出来ていなかったのだ。そいつは、青春というべたべたしたシャツのなかでも、もっともねばっこく皮膚に貼りついてくるものだった。
前々回の安岡章太郎「悪い仲間」でも出てきましたが、やはり少年と青年をわかつモラトリアムの分水嶺は「童貞」という観念です。
「安い仲間」のときは、あくまでモラトリアムを描く道具の一つでしたが、今回の「焔の中」ではこの童貞、ひいては女性に対する距離感というのが主題となってきます。
モラトリアムを構成するいくつかの心の動きの中で、女性との関係を特に描くあたりが吉行淳之介の面目躍如といったところ。
そういうわけで、「べたべたしたシャツ」のような青春を演出する3人の女性がこの小説には登場します。
一人目は、「四国地方の田舎から東京に憧れて出てきた」「漿液の多そうな厚ぼったい手」をした吉行家の女中。
この女中はのちのち物語をすすめるトラブルメーカーとしても活躍します。全編を通してどこかコメディチックな印象を受けるのも彼女のおかげ。
二人目は、「派手に見える外貌の内側に古い気質が潜んでい」る美容師の母。
父に死に別れ、未亡人として日々を送っています。
三人目は、蓮っ葉な感じのする女友達の友人。
主人公は彼女に対して、性的な欲求を抱く、正しく言えば抱こうとふるまいます。
この少女は、いわゆる恋愛脳のような印象を主人公は受けますが、手を握られると耳朶が真っ赤になってしまうような純情な女の子。
この三人に共通しているのが、みんなイメージと実際の差に引き裂かれている点です。
女中は「都会」ぶりたいけれど、「田舎者」を抜け出せないというイメージ。母は「派手」な外見だけれど中身が「古風」であるというイメージ。友人は「蓮っ葉」にふるまうけれど、実際は「純情」であるというイメージ。
二つのイメージの間に彷徨う女性を描くことで、自然と同じく「少年」と「青年」の間を、まさに焔のように揺れ動く主人公という存在を浮かび上がらせることができます。
さて、主人公は友人と性交渉しようとしますが、それは女中の「覗き」という行為によって中断されてしまいます。
しらけた主人公が何をしたかといえば、見た目に反して奥手な母親に向けての「性教育」。もちろん実際的な近親相姦ではなく、知識による教育です。
ここで明らかになるのは「友人」と「母親」が重ね合わされているということ。つまるところ、この小説は「父親を殺して母親を犯す」類の、あのパターンにのっとったものである、ということができると思います。
それが成長のしるしになる、といういわゆるオイディプス的なあれです。
「童貞」は友人に仮託された母親を抱く、制圧することによって心理的に解消されます。
このあたりは『生き延びるためのラカン』あたりにやさしく書かれているので、説明は省きます。
こうしてコケティッシュな「聖/性」的なアイコンとして機能する母親や友人と対比されるのが都会に憧れつつどうしようもなく道化となってしまう「俗/生」的な女中。
彼のモラトリアムは、この女中によって阻害され続けていきます。
このように女性キャラに明確な性格をもたせているあたりが、丸谷才一をして「吉行は女性に不感症的」と揶揄されてしまう部分なのかもしれませんが、小説としてはわかりやすくなっていると思います。
物語は進んで終盤、序盤に暗に示しておいた通り、空襲が起こります。静から動への物語の転換です。
けれども、
自分の生が数歩向こうで断ち切られているとあきらめた場合、日常生活の煩わしさのうちの大そう多くの部分を切り捨ててしまうことができる。
と考えている主人公はどこか冷静。
「もう五分だけ、僕はここにいます。どうせ燃えるにしても、ちょっとだけそのときの様子を見ておきたいんだ」
と言い放ち、炎に囲まれた家へとどまり、レコードを持ち出します。
これによって能動的な思想の表明、前述の思想にのっとった行動が示されることになります。
つまり「どうせ死ぬ」という思想に動かされて、その裏付けとなるように最終的に「無用の品物」であるレコードを持ち出すことになります。
このシーンは持ち出すものを「本」→「毛布」→「レコード」と悩ませることで、その煩悶に、「どうせ死ぬ」とは言いながらもやはり生を諦めきれない戦中の青年の心の動きが書かれているような気がします。
ここで主人公がとどまったのは何のためか。
ひとつは今いったとおりに、自分の思想の強度を高めるための行動として、あえて残ったというのが表の理由として考えられます。
どうせ燃えてしまう家と自らの身体を重ね合わせてみていたのかもしれません。
もう一つはもっと形而上的な意味。
「童貞という濡れたシャツ」を乾かすため、というのは少し考えすぎでしょうか。友人と性交渉をもつことができずに中途半端に終わった、モラトリアムからの脱出を、外部の火によって少しでも実行させようという心の動きなのではないでしょうか。
端的に言えば冷えた心を温めるため。
最後の場面、唯一残っていた財産も女中の俗な行動によって消失してしまいます。
有用なものは燃えてなくなり、残ったのは無用の品物であるレコードだけ。
この空虚な感じと、結局焔の中にあっても燃やすことのできなかった思春期の湿り気が、一種の諦めのように描かれて、「焔の中」は幕を閉じます。
とはいえ、なんとなくくすっとしてしまうのは女中の道化的なふるまいのおかげ。
最後の最後まで、主人公は「俗」なるものによって、現世的な「生」の世界にとどまることを強要されてしまうのでした。
長く続いた男性作家ゾーンも終わり、次は女性作家。
男性作家とはどのように違うのか、というところが見れるのではないかと思います。
出来るだけ早いうちに更新出来たらうれしいです。